所得税の論点整理
11月16日と17日付の日経新聞「経済教室」は「コロナ後の税制改革の展望」というテーマでした。記事の著者は各日異なるにも関わらず、一般世帯に関わる税制について「資本所得課税の累進強化」で主張が一致していました。
経済学研究者間で主張が一致するのは珍しいので、論点整理をと思います。
そもそも、経済学者のR. HaigとH. Simonsは所得を次のように定義しました。
所得=消費+貯蓄
これは「所得とは一定期間内における消費及び資産の純増(貯蓄)から成る」と言い換えても良いです。実際の所得は、給与などの労働所得と利子や配当、譲渡益といった資本所得に大別できます。
さて、税制についてあれこれ考える際の尺度として「課税の原則」が有名です。これは租税に次のような性質を要求するという考え方です。
人々の経済活動を邪魔してはダメ(中立性)
税負担はフェアでないとダメ(公平性)
租税はシンプルでなければダメ(簡素性)
17日の記事に明記されていますが、高所得者ほど資本所得を多く保有しているという傾向があるそうです。現行、資本所得への税率は一定(20%)です。これは追加的に資本所得を稼いでも、税率は据え置きであることを意味します。対して、労働所得税は稼いだ労働所得に応じて、適用される税率が増える累進課税です。
高所得者にとっては、所得を増やすなら資本所得でと考えるでしょう。その結果、担税力のある人ほど多くの税負担を負うのがフェアだという(垂直的)公平性を欠くことになります。このとき、資本所得への累進性の強化はあり得る施策と言えます。
何点か思うところを記録しておきます。
資本所得税は二重課税
株式の配当や譲渡益は企業レベルでは法人税として課税されます。その後、人々の資本所得として確定して資本所得税の課税対象となるなら二重課税です。これは簡素性の原則と非整合的です。
資本所得税は人々の消費計画を歪める
私たちは生涯所得の見通しに基づき、将来的な消費計画を立てます。例えば「いま1万円を貯蓄に回せば、将来利子の上乗せが期待できるから、いまは消費を我慢しよう」といった具合です。資本所得税は「利子の上乗せ」を目減りさせます。その結果、私たちは貯蓄を控えるかもしれません。これは課税の中立性に反します。
総合課税を目指すのが筋
将来的な消費計画は「生涯所得のうちいくらを貯蓄に充てるか」を考えます。このとき「生涯所得の額がいくらか」は問題になりません。ならば、生涯所得が課税対象ならば、消費計画は影響を受けず、課税の中立性は担保されます。この考え方は総合課税と呼ばれます。ただし、両日の記事でも言及されていますが、これには生涯所得、すなわち資本所得と労働所得を正確に補足できなければなりません。
コロナは関係ないのでは
資本所得税の是非は古典的テーマです。つまり、新型コロナが問題になる前からずっと議論されてきたと言うことは忘れるべきではないでしょう。