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第3話Part9

 ポムの姿が鞄の奥へと消えていったその時、パタパタと控えめな足音が三人の耳に届いた。

「良かった~! ここにいたのね。なかなか見つけられなくて遅くなっちゃった。待たせてごめんなさい」

 そう言いながら走ってきた碧月りんねは、まつり達の前で立ち止まると、ゆっくりと息を吐いた。駆け足でやって来たはずなのに、髪も服装もあまり乱れておらず、おっとりと落ち着いた様子が滲み出ていた。
 レザンは、パッと笑顔を作る(まつり曰く王子様モードに切り替える)と、りんねを安心させるように口を開いた。

「ううん、待ってないよ。僕らも今来たところだから」

 漫画や映画のヒーローさながらのテンプレ台詞。普通の男子が使えば引かれることこの上ないが、彼の声は、そんな在り来りなセリフでさえも、乙女の心を焚きつける引き金に仕立て上げていた。

「うわぁ、この台詞言ってる人初めて見たよ。流石王子」

 と、感嘆の声でまつりが呟けば、

「少女漫画に出てくるヒーローそのものじゃない。流石王子」

 と、ゆららがからかいたそうに真似をする。案の定レザンは、眉を細めて二人を睨みつけた。

「君たち、最近あすなちゃん化してない……? そんなに僕をからかって楽しいの」
「ふふっ、和泉くんが初等部の子達から『王子先輩』って呼ばれてるのは知っていたけど、中等部にも広まっているのね」

 肩を落とすレザンを励ますかのように、りんねが殊更明るく微笑む。しかし、それはゆららの加虐心を掻き立てただけに過ぎなかった。

「ええ、逆輸入よ。このまま高等部にも広まれば良いわね?」
「ちょっとゆらちゃん!」

 勘弁してくれとばかりに頭を抱えたレザンを見て、ゆららはにやりと笑った。