第3話Part4
「桜宮さんは、部活は?」
りんねは教卓の横に置かれた花瓶を手に取ると、まつりに向かっておっとりと話しかける。
「今日はオフなんだ。碧月さんこそ、こんな時間まで残ってて良いの?」
「私、今日は日直だから、教室の戸締まりをするのが優先なの。それに、花瓶の水も変えないと」
そう言うと、りんねは白い百合の入った細い花瓶を少しだけ持ち上げてみせる。まつりは花瓶の方に近寄って顔を近づけると、その微かな残り香にうっとりと目を閉じる。
「そのお花も、碧月さんが持ってきてるんだよね?」
「うん。クラスが少しでも華やかになったら良いなぁと思って。綺麗なお花を見ると、気分も楽しくなるでしょう?」
「なるなるっ! やっぱり碧月さんは気配り上手だね。流石、クラスのマドンナ!」
教室の隅に飾られた可憐な花。その存在は無意識下で皆の癒しになっているとは言え、まつりを含む大抵の人は、それを当たり前の物として享受してしまっているだろう。だが、りんねは違う。彼女は、誰もが気が付かず通り過ぎてしまう細かな部分にまで、優しさと思いやりを行き渡らせることの出来る人だった。そしてまつりは、そんなりんねの事を密かに羨ましく感じていたのだ。
しかし、まつりの言葉を聞いたりんねは、少しだけ顔を赤くすると、すぐに首を振ってそれを否定した。
「そんなこと無いよ。……私なんかより、お日様みたいな桜宮さんの方が、ずっと人気者よ」
夕日があたっているせいだろうか。微笑んだその顔は、一瞬どこか寂しげに見えた。だが、まつりがそう思った時にはもう、りんねは普段のような優しい顔に戻っていた。
(気のせいかな?)
まつりは小さく頷くと、静かになってしまった教室内を明るくするかのように大袈裟に喜んでみせる。
「えっ、そう? えへへ、嬉しいな~!」
右手で頭を掻きながら、行き場のない左手でスカートのポケットを漁っていたまつりは、ふと一枚の紙切れの存在を思い出した。
「あっ、そうだ碧月さん。ダンス部のコンサートに興味ない? 後輩の子がチケットくれたんだけど、一枚多くてさ。良かったら一緒にいかない?」
あすなから貰ったコンサートのチケットを見せると、りんねはぱちぱちと目を瞬かせた。
「え、私が行っても良いの……?」
「もちろん! 碧月さんとお出掛けしたって言ったら、皆に自慢できちゃうもんね! ……あ、もしかして、もう予定があった? 例えば、生徒会長と、とか」
厳しいけど、しっかりしていて筋の通った所がある生徒会長。この前助けて貰っちゃったんだよね、と、凛とした彼女に思いを馳せながら尋ねる。
「ううん、予定は無いわ。誘ってもらえて凄く嬉しい。私も、桜宮さん達と一緒にお出掛けしたい」
嬉しそうにそう言ったりんねを見て、まつりは思わずその手を握った。
「本当!? じゃあ決まりだね! うーん、土曜日が待ちきれない!」