ステージという自由な空を全力で遊び尽くした~伊藤直輝の日曜パームトーン劇場 2020/1/19
「翼の折れたエンジェル」。
1985年の中村あゆみの楽曲を語ろうという訳ではない。筆者が「伊藤直輝というアーティストを一言で表すと」と聞かれたらこの回答を返す。
直輝は喉の病気を患っており、それ故歌声に支障を来す事が屡々ある。
その折れた翼のまま、自由な空を遊ぶ無邪気な天使の姿に、直輝のライブステージのイメージが重なり合うのだ。
直輝の音楽の嗜好は、フェイバリットのグレン・ヒューズを筆頭に洋楽ハードロックから始まり、邦楽に及べばCHAGE&ASKAやL'Arc~en~Cielなど…過去に筆者と交わした言葉の中で、様々なアーティストへの溢れんばかりの愛とその魅力について教えてくれていたのだ。
パームトーン劇場では、そんな直輝の「ハードロック愛好者全開」のカヴァーも盛り込み尽くしたライブが定期的に行われる。
2020年最初の、直輝のハードロックワンマンが始まろうとしていた。
スリリングなSEにチリチリと回る照明の中、ステージにやって来た直輝がセッティングを始める。いつも特徴的なのは、直輝が曲に合わせてスキャットを始めるのだ。発声練習というよりもライブ冒頭に自らの声を馴染ませて「さあいよいよだぞ」という気持ちを高めているのかも知れない。
照明が一瞬明るくなった。「Ah~~!!」とシャウトする直輝は華麗なバラ模様のシャツに身を包んでいる。ギターはいつものレスポールタイプ。
1曲目は「君の大好きな歌」。ドライブデートで幸せな二人のはずが切なく別れを暗示させる、爽やかなミディアムテンポのナンバーだ。まだ馴染ませ切る前の様子の直輝の歌声。得意技である劇烈なハイトーンシャウトのアクセルはまだまだ、ここでは踏み込まない序盤戦だ。
新年初のパームトーン劇場での挨拶と、直輝が新年会でベロベロに酔っ払い、潰れてしまった話。ごくたまに、お酒の席でやらかしてしまうようだ。
2曲目は「Nのブルース」。直輝自身の「かなり、在りのまま」を歌ったちょっとコミカルでブルージーなブギーナンバー。詞から察すればファンの女性は、動物占いのコアラの項目をすぐさまチェックしてしまうのだろう。歌声もようやくエンジンが掛かって来たように感じられた。
ここから「ハードロックカヴァーの時間」が展開する。「You Keep On Movin' /ディープ・パープル」グレン・ヒューズ在籍時のディープ・パープルの、人生哲学を歌う大きなテーマのロックナンバーだ。直輝のインプロ要素の色濃い歌声。紅い照明の中、ファルセットボイスが切なく響いたかと思うと突然がなり立ててみせた。「far away…」と、リヴァーブと言うよりもロングディレイに近い、深いエコーに歌声が溶けてゆく。ラストに激しく、ハイトーンで吠えた。
「普段のライブ活動と、このハードロックワンマンとは色合いが違う」と語る直輝。MCの後に届いたのは「Home Sweet Home/モトリー・クルー」の聴き覚えのあるAメロだ。栄光という夢を見たスターが背負った全てから解放され、自由な故郷に帰るテーマはあのアリスの「チャンピオン」にも通じる。美しいコード進行の中「Home Sweet Home…」、直輝が歌声をロングに伸ばし続けた。
続く「Goodbye/デフ・レパード」悲し気な印象のタイトルのミーニングは逆で、「サヨナラなんて言わなくていい」とメッセージを送る愛の歌。歌詞もメロディも美しい曲が続いてゆく。
「These Days/ボン・ジョヴィ」美しいメロディの曲が続く。オムニバスに複数のドラマチックなエピソードが1つに束ねられて、現代的な世相を映し出すナンバー。
「ロックバンドの歴史について知るのが(ブッ飛んだエピソードなどもあって)面白い」と直輝は言う。「(余りにも、はダメだけど)一度きりの人生をもっとハチャメチャにしたっていい」ハードロックのステージでもっと無謀なチャレンジも今後、見られるかも知れないようだ。
「Sail Away/ディープ・パープル」こちらもグレン・ヒューズ在籍時のディープ・パープルの、苦悩を漠然としたテーマで歌った名曲。ラストに「Hey Hey Hey~~!」とハイトーンで咆哮。
「Hold Your Fire/ファイアーハウス」でドライブ感が増す。アグレッシブなナンバーに「Hold Your Fire(まだ発砲するな、落ち着け)」という裏腹なテーマ。アドリブアレンジでラストに再び直輝の、オクターブ上の強烈なハイトーンが襲って来た。
サビを掛け合って楽しめる「Rock The Night/ヨーロッパ」が始まった。メロディックなロックを演らせたら最強クラスのこのバンドの、キャッチーなサビは正確には「Rock now, rock the night」でも観客にも分かり易く「ロックナイト!」で統一して楽しめばいいのだ。直輝から放たれるキャッチーなメロディの歌声で、会場の温度もまた一層高まって行った。
MCで「お馴染みのこの曲を」。「Born To Be Wild/ステッペンウルフ」、冒頭で掛け合いのプラクティスタイムだ。「Born To Be Wild!」『Born To Be Wild!』観客がお馴染みのフレーズを大合唱で返す。ロックを絵に描いたような世界のマストナンバーをドライヴィーに再現。クルクルと原色で回る照明とレスポンスの声が会場を包んでいた。
「Daddy, Brother, Lover, Little Boy/ミスター・ビッグ」続くもお馴染みのハードロックナンバーだ。ギターはダウンピッキングでのバッキング、間奏のトレモロピッキングまで果敢にプレイしてみせる直輝。ロックな印象が先に立つこの曲は、以外にも優しさに満ち溢れた歌詞なのだ。
「昨日は大好きなホルモン鍋を食べて、スタミナが凄い」と直輝。「ラジオでは2人の番組(音楽に夢チュ~)はアドリブで話せても1人の番組(はろーこみゅこみゅ)はびっしりと台本を作っている」という貴重な話も飛び出す。
「この溢れる思いを」と、「Can't Stop The Flood/グレン・ヒューズ」のイントロが始まる。直輝フェイバリットのグレン・ヒューズの、このパームトーンのハードロックワンマンでは代名詞的なナンバーだ。比較的ハイトーンのシャウトで崩さずに、原曲の(コーラスパートだが、主要の)メロディを掴みに掛かっているのはグレンへの愛情の証しなのかも知れない。
「Night Crawler/ジューダス・プリースト」もこのパームトーンでのワンマンの代名詞的な一曲。よりハイスピードでドライブ感を増すサウンド。サタニカルな歌詞に加え、ラストはオドロオドロしく猛烈なハイトーンフレーズが響いていた。
「Geogia On My Mind/レイ・チャールズ」のグレン・ヒューズが歌う超高音バージョン、それを超えてみせるようなインプロヴィゼイションアレンジのロングトーンが深いリヴァーブに乗って響き渡る。振り切れたようなハイトーンが会場の空気の流れを切り裂くように感じた。
「FLY」の導入部が流れる。ここから直輝のオリジナルナンバーが続いてゆく。深いリヴァーブのままに、この曲と直輝の歌声が持つ素晴らしい飛翔の世界が展開される。鳥のように自由に、はたまた冒頭で形容した天使のように、広く青く輝く空の情景を描いてゆく。ファルセットでどこまでも伸びやかなサビのメロディから、エンディングに掛けてのハイエンドの高音はより強く輝きを放っていた。
「あいしてる」はポップながらビートの変化が個性的な魅力の一曲。途中でエゴイスティック・モードに入るような歌詞、サビの後の「あいしてる」で急に12拍子に展開して、メッセージを染み込ませるようにトランスフォームを見せる。観客もこのストレートな言葉を直輝に返していた。
「アンコール、ではなくアディショナルライブがある」と予告。「今年からこのハードロックワンマンに変化がある」と聞いていたので注目のポイントである。ここで何故か話が「あのほうれん草のポパイ、ポパイの腕っ節あたりの見た目がオカシイ」と飛躍したのだが…。
「タオルを持ってたら回してください!」の導入で始まった「Hurray!」。夢を抱く者へ鮮烈なエールを送る、ポジティブな8ビートナンバーだ。冒頭の「Wow Wow…」サビの「Hurray!Hurray!…」で、観客からもエールを返すように一斉にタオルが振られる。Bメロなどの1/2テンポへの展開も直輝にはお手のものだ。
「一緒に踊りましょう!」の声と同時に、聴き慣れたイントロのコーラス。筆者が「皆大好き」と何度も形容したラブナンバー「キミトナイト」。オープンな会場のライブでも定番となっているこの曲は「お楽しみのセリフ」に加え、「皆で合わせて楽しいアクション」が満載なのだ。特に「蛍光灯~」からの会場のシンクロぶりはいつも、コミカルを超えた温かさに満ちている。間奏では直輝が満面の笑顔で、同じ笑顔の客席に乱入して行った。
ラストは「手をHの形にして!」「ほう!れん!そう!」、先ほどのポパイの話はここの周到なフリだったのかとヤラれてしまった。パームトーンのアーティスト全体でもトップクラスの人気曲「Hello!」が勢いよく始まった。「手をHの形にして!」はサビの「Hello!」で全員がHの形で指を2本突き立て手を挙げ、レスポンスを返す楽しさの絶頂への合図である。「出会いの点と点を線にして皆で広げてゆく」という直輝のライブ哲学を最も明快に投影した「出会いは無限の可能性を秘めてる」を、そのままメッセージとして体現しているのだ。最後に「Yeah,Yeah,Ah~~!!」とお得意のハイトーンシャウトでキメてくれた。
今日はそのままアンコール、とは行かずベンチャーズのSEが流れて、先ほどの「アディショナルライブ」の準備のようだ。ここでギターの冴沢鍾己も登場する。おそらくはアコースティック・ギター1本での生演奏だろうか。直輝が「誰かに演奏してもらうのは、同じ曲でも違う味が出るのが面白い」と語った。
直輝がハーモニカを手に取って奏で始める。始まった「僕のラヴソング」は「愛を叫ぶよ」のサビの歌声が切なく響く、愛情に溢れたスローナンバーだ。鐘己がトーンのメリハリを付けてギターのストロークを続け、直輝が感情を込めて歌を伝えてゆく。ブレイクで悲し気だった言葉が、再びサビでエモーショナルに弾けて会場を包んだ。
「BOSS、ボス!」と唐突に紹介。「(曲は)コレをやろうよ」という鐘己による提案でこの時間は実現していたのだ。そして最後の最後の曲は「愛言葉」。「会える時に会えるだけ、会いたい人に、思いを真っすぐに届ける」ファンにはお馴染みの恋愛ナンバーである。ギター1本のバージョンで聴くと印象もかなり違っていた。これまでと同じなのは、直輝がこの曲で感情に込める「感情のクライマックス」。泣き出しそうなほどサビの一つ一つの言葉に思いを込めて、この会場にまた「待ち合わせ」をしてくれた全ての観客への感謝の気持ちを全力で返しているのだろう。直輝の叙情的なハーモニカの音色と共に、2020年最初のパームトーン劇場は幕を下ろした。
ハードロック愛だけではない。どんな時も全力で遊び、どんな歌も全力で楽しみ、最高の優しさで寄り添える直輝の魅力を全てのファンと分かち合える素晴らしい空間。そこに今年も立ち会えた喜びに心満たされるライブであったと感じた。今回のアディショナルライブのように、2020年は変化が少しずつもたらされるのかも知れない、それはすなわち進化で、いい意味での予想の裏切りにこれからも期待して行きたいと思う。
「今日は本当に楽しかった。今年は色々カタチ(新曲など)にしたいし、ネット上の番組だけでなく実際に会える機会も一層作って行きたい」(直輝)
また新曲や新たなライブ活動への期待も高まる、そんな直輝が心棒するCHAGEのソロユニットライブでの「また遊ぼうね」という、終演後のCHAGEの挨拶が最高に好きだと言う。その通りに「天使が、ステージという自由な空を全力で遊び尽くした」ような充実感が、終演後の直輝の無邪気な笑顔に映し出されていたのは言うまでもない。