君に届けたい狼煙のような心~伊藤直輝の土曜パームトーン劇場 2020/2/29
狼煙(のろし)。古くから敵の攻撃を知らせる手段として上げられる煙である。
用途も含めて現代的な感覚から離れた手法ではある。しかしたとえ離れた場所からでもその状況の変化や、時に感情的な伝達まで可能にする。
特に2020年2月に入ってからの新型ウイルスの暗い話題。特にエンターテイメント業界には大打撃を与え、無観客配信ライブなどアーティストには苦渋の選択を強いられてしまっている。「観たい、会いたいライブがあるのにそれが出来ない」「何よりアーティストが悲しい思いをしている」とファンの心理も想像を絶してしまうところだ。
離れていても「狼煙」のように、その感情を届けたいアーティストの思いは間違いなく存在しているはずだ。
そんな最中、今年2度目の伊藤直輝の土曜パームトーン劇場・ハードロックワンマンが予定通り、始まろうとしていた。
まだ明るい照明の当たらない、SEの早い段階からステージに登場した直輝。チューニングをサササっと済ませ、気持ちを高めているようだ。早くも客席に手拍子を求めた。それに応えるようにウォーミングアップ代わりのロングスキャットを始める。
衣装はタンクトップの上に紫系のギラっとしたジャケットを羽織り、ループタイが輝いていた。黒のパンツに合ういつものレスポール。
「虹色の君」がオープニングナンバー。「Rainbow」「横恋慕」の韻が踏まれた男の片思いの歌だ。ブルース調でも何処となく爽やかで、間奏では直輝の愛らしい口笛も聴かれた。
MCの「何処行ってもマスクマスク(不足)で、もうマスクメロンかと」とハチャメチャなトークでスタート、「情報に踊らされず音楽で踊ろうよ」と何とか軌道修正。
直輝の色っぽいスキャットで始まった「Touch~僕にできる唯一の方法~」より熱い、男っぽい思いが込められたラブソング。間奏で囁く「語り」が印象的だ。更に後半へ畳み掛けるスキャットでロングディレイが響く。直輝の歌声の色気が会場を満たしていた。
ここからこのパームトーン劇場でお馴染みのハードロック・カヴァーコーナーに入ってゆく。「You Keep On Movin'/ディープ・パープル」では大胆にファルセットを絡めたり、インプロ要素満載で直輝が聴かせてゆく。「~far away…」で劇烈なハイトーンに展開させたり、飛躍的な展開はあのグレン・ヒューズの継承なのだろう。
MCで「実は(このハードロックワンマンをやり出す前は)カヴァーを演って来なかった」という直輝。「大好きな曲を演れるこの時間はすごく貴重」とあらためて、その思いを語ってくれた。「(競馬場も無観客だったり)異常事態と言うか、そういうのも恐れすぎず」このところの新型ウイルスに振り回されっぱなしのエンターテイメント産業全体にも少し言及しつつ、自身の姿勢を主張してみせた。
「(こんな状況下でも)僕達は一つなんだ」というメッセージが大好きだという直輝。「We Are One/キッス」はそのもののメッセージが詰まっているようなナンバーだ。「サビを一緒に歌って頂けたら」の要求を受けて観客も「We Are One」と明快なメロディで返す。2019年末の紅白であのYOSHIKIと共演も果たしたキッスがたまに(結構?)見せる「優しい悪魔」の一面が見て取れるポジティブな一曲だった。
「Month Of Sundays/TNT」も美しいメロディが光るナンバーだ。抽象的な平和を願った一曲を直輝がシンプルに、曲の良さを伝えるように聴かせていた。
「Take Cover/ミスター・ビッグ」もその美しさで知られるメジャーナンバー。タイトル「Take Cover」の解釈は様々で、「逃れたい」「本心を見せて欲しい」などに分かれる。それだけ微妙で精神的な世界を描いている曲だ。ここでも直輝はその曲の良さ、展開の美しさを伝えるように歌っている。切ないメロディが会場内に響いた。
直輝が「ミュージシャンの(中々無茶な)武勇伝」と、あのまっすん新喜劇でも見せたコントのフリを交えてみせた。「(社会的にアウトー!になっちゃう位、常識の枠を超えちゃうのは)ダメなんですけど、それを超える位のパワーを、それを感じられる人間味を」「無茶やなー、と言われるような気持ちを忘れちゃいけない」とロッカーの主張も忘れてはいなかった。そしてMCは何故か飲み物の話題へ。飲み屋で「クエン酸ハイボール」に出会って何杯も飲む程美味しかったのだと言う直輝。酸っぱいモノが好きという意外な一面を知る。この日の舞台上のドリンクは、ポカリスエットにお気に入りのクエン酸の粉末を溶かして混ぜたものだそうだ。
ヒステリックなピッキング・ハーモニクス音が鳴り響く。そして急に加速。「The Hellion / Electric Eye/ジューダス・プリースト」「The Hellion 」がイントロ的なインストで「Electric Eye」というハイスピードナンバーに続けるのが慣例だそうだ。ドラマチックでありながらコンパクトなこの一曲のラストを「Yeah,Yeah~~」と吠えて締めた。
息もつかず「Sail Away/ディープ・パープル」へと続けた。直輝フェイバリットのグレン・ヒューズ在籍時のディープ・パープルのナンバー。ハードロック的なリフが続く一曲だ。聴かせどころになると一気にハイトーンに変化してゆく直輝の歌声。ラスト近くには更なるハイトーンシャウトが襲い掛かる。
イントロのミュートカッティングで「8ビートのロックンロールだ」と気付かされる「I Can/ハロウィン」。明快なナンバーでキャッチーなサビのメロディが疾走する。間奏でメジャーコードの展開を見せた。
先程の「Electric Eye」の独特の近未来的な(警鐘の)歌詞について語ってくれた直輝。宛らポルノグラフィティ「アポロ」にも通じる世界観かも知れない。「Sail Away」、「I Can」のハロウィンの魅力についても語り、「こみゅこみゅの時間になりました」観客と一緒にコミュニケーション=掛け合って一緒に歌いましょう、の導きだ。
「Born To Be Wild/ステッペンウルフ」の超有名な、タイトル通りのサビのフレーズ「Born To Be Wild~」を観客とのプラクティスタイムの後、「その調子でお願いしまーす!」とお馴染みのイントロのリフへと入った。サビの「Born To Be Wild~」を繰り返して一緒に歌う。直輝から「ありがとうー!」の言葉と満面の笑顔。
「ワイルドに行こうぜー!」の絶好調な掛け声の後、そのまま続けた「Daddy, Brother, Lover, Little Boy/ミスター・ビッグ」。こちらも超有名ハードナンバー、イントロからシャウトで吠える直輝。間奏のトレモロピッキングも再現、本家のライブでは日本製のドリルが使われているのだ。
「これが楽しくてやめられない、(まるで)かっぱえびせん」とハードロック愛を所々散りばめて話す直輝。閏年のこの2月29日開催のライブという事もあり「友達がこの2月29日に結婚した(…しかし離婚した)」と中々のエピソードがブッ込まれる…!
「僕が(この)人生に大きく舵を切った出会い」として、直輝のフェイバリット・アーティストであるグレン・ヒューズについて語り始める。「(グレンの)生の歌声に触れて衝撃を受けていなかったら、このハードロックワンマンも演っていなかったかも」と、その出会いがいかに大きなものであったかを話してくれた。
「Can't Stop The Flood/グレン・ヒューズ」ディープ・パープル在籍時はベース&ヴォーカルだったグレン・ヒューズのソロアーティストになってからの、そしてこのハードロックワンマンでお馴染みのナンバーが始まる。印象的なヘヴィ・リフから始まり、サビが近づくとお得意のハイトーンフレーズが飛び出してゆく。
そこから間髪入れずこちらもこのライブでお馴染み「Night Crawler/ジューダス・プリースト」へと続いた。ハイスピードでサタニカルメタルのホラー要素を凝縮したようなナンバーである。直輝お得意のハイトーンで攻め立てる箇所ほどオドロオドロしさに満ちていた。いつの間にかロングディレイが掛かっている歌声が広く響き渡る。
更に続く「Geogia On My Mind/レイ・チャールズ」のグレン・ヒューズバージョンのカヴァー。恐るべきハイトーンと深いディレイが会場全体を包む。何処までも突き抜けるような高音に斬られるような、ライブの特異点のようなひとときなのだ。
ここからオリジナルナンバーが続く。「FLY」のバージョンがこれまでと異なっていた。いつもと違うイントロ中にサササっとチューニングを行う直輝。突然のブレイクで「Uh!Yeah!」と一吠えすると手拍子を求めた。16ビートにシャッフルが入っているバージョンのようだ。爽やかなコードにカッティングを絡めて、若干ファンク要素が足されていてノりやすい。飛翔感溢れるサビでは若干ハードに歌い上げ、一小節丸々のディレイで直輝の歌声がこだまを返していた。
「普段言えないような言葉も、歌の中では素直に言える」そして(囁いて)「あいしてる」と曲の始まりでキメる。女性ファンはヤラれる一場面だ。ギターソロのようなイントロのフレーズを嬉しそうに弾く直輝。シャッフルのハネるビートも楽しい。「ありふれた言葉だから 僕だけのこの響きで」と力強く叫んだ後の12拍子のスローダウンで「あいしてる」と伝える。一緒にこのフレーズを歌う女性ファンも甘~い気持ちなのだろう。
「言葉遣いって凄く大切…」とエピソードトーク。人に頼み事をした時に「(時間がもしあれば、という意図で)ヒマやったらいいんで(お願いします)…」とうっかり口に出して「ヒマなんかしてへんわ」と返されてしまったそう。筆者も、どんなに人を思っていても誤解を招く文言や発言を多々、放ってしまう方なので深く同情してしまった。そんな中でも「(人を応援する)応援歌を作りたい」と思ったという。
「皆さんとタオルを回しながら応援したい」と、その答えになった曲が「Hurray!」だ。メジャーナンバーで爽快な8ビートに乗せながらサビの「Hurray!Hurray!」で会場中を回るタオルたち。「どんな時も 僕は君の一番の味方でいましょう」の詞に、直輝の優しさが表れていた。
「このまま皆さんと、ダンスダンスダンスターイム!」と完全にノリノリな様子。そんな「皆大好き」ナンバー・「キミトナイト」が始まる。イントロから「Yeah!!」とピョンピョン飛び跳ねてご機嫌の直輝。お楽しみのセリフとアクションを会場全員で楽しめる(が…今回セリフはちょっとギリギリすぎたか)、お馴染み蛍光灯アクションの後の間奏では直輝が客席に笑顔で乱入。同じ笑顔の観客全員がそこにいた。
お馴染みの「手をHの形にして!」に続けて「弾けようぜ!」ラストナンバーの大人気曲「Hello!」が最高のテンションで始まる。イントロの時点で客席に乱入する直輝。サビの「Hello!」で観客全員がHの形で指を2本突き立て、手を挙げる「不可欠」のアクションでレスポンスを見せた。間奏でよろけながらもステージを下り、客席でギターを掻き鳴らすパフォーマンス。ライブのクライマックスである先程の「キミトナイト」とこの「Hello!」ではこのステージングが大正解なのだ。「Yeah!Yeah!」何度も吠えてメインのライブは終了した。
「今年はアディショナル・ライブを」と先月に続いて、ギター・冴沢鍾己との生演奏のコーナーへと導いた。「(この曲を)中々アコースティックでやるのは珍しい」「まだまだ季節は冬ですが(と、ドリンクを飲む)」この二言でおそらく筆者だけがピンと来ていたのかも知れない。「summer hunter」のアコースティックバージョンだ。何故かと言えば筆者がこのパームトーン劇場(火曜)でのオープンマイクでこの曲を少し前に「真冬のsummer hunter」として歌わせてもらっていたからだ。それはさておきとして、この曲をアコースティックで聴くのは初めてで、本人も「1回位しか演ってない」と語っており、非常にレアなシチュエーションとなった。シンプルながら色気たっぷりに、ジャケットをはだけさせたり「子猫のように寝転がる…にゃー」とサービスも満点だった。
「僕が活動している限り、また待ち合わせが出来る」と、オーラスのナンバーは「愛言葉」。直輝のライブの「感情のクライマックス」はここで訪れる。泣き出しそうになる位の最大の感情で、観客への感謝の気持ちを全力で返す直輝。特にこの世界的な非常事態の中でも足を運んでくれたファン。後奏のハーモニカにもそのファンへの感情が込められて、一人一人の心に響いているような気がした。こうして、今年に入って2度目のパームトーン劇場、伊藤直輝ハードロックワンマンは幕を下ろした。
直輝が今年に掛ける攻勢、また、この世間の現状においてステージのエンターテイナーとしての血と思いが込められたような、狼煙のようなステージに映った。遠くから眺めるそれではなく、近くで拝んでいた事にはなるが自己表現だけではない直輝の願いが、そこに確かにあったように感じた。
たとえ今後、パンデミック終息に向けて中止になってしまうようなライブがあっても直輝の思いが、ファンに変わらず届けられるように。そしてファンが直輝の思いと共に、変わらずに寄り添っていられるように…
そう願わずにはいられなかったのだ。