スク水の意志

スク水には2つの意志がある。
1つ目は、ノスタルジーへの意志である。
かつて教育現場で着ていたあの子の水着という点で、ここに宿るのは「スクール水着」という概念そのものだ。形状はなんでもよい
私はブルマの世代ではないが、ジャージはエッチだと思う。

2つ目は、機能への意志である。
スク水は何よりシンプルである。正直眼帯ビキニとかスリングショットはどうにも面白さが勝ってしまうのだが、スク水は描きやすいしシンプルで素体の味をそのまま活かしている。
いわば岩塩だ。
色もいい。黄色人種には青色が映える

ジェンダーレス水着について、私はけっこう賛成だ。
肌よわよわ界隈としてはラッシュガードを何も言わずに付けれるのが良い
露出やラインが出て恥ずかしいというのは真っ当な意見だし、別にブルマなんかも選ばれて採用されたのだから風通しが良い体制というのは祝福されるべきだ。
だから私におけるジャージのように、ジェンダーレス水着はノスタルジーへの意志を持ってエロスの福音を鳴らすだろう。
そして機能への意志はスク水には宿らない。
スク水は、到達すべき簡略の美への大橋なのだ。

だから、我々は悲観せず、前へ進むことが出来る。他ならぬ、ノスタルジーの情景と力への意志によって。

追記
機能への意志という意味で白スクを上げておきます。
あほあほ好きぎる発想で、スク水という概念の昇華の過程を標榜していると言えます。

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