ほのぼのエッセイ第6回 鈴木くんについて
※暴力的な描写があるのでご注意ください。
僕は小学校のころ体がでかかった。身長骨格が並の小学生より数段に大きかった。成長期が早く身長が大きくてもすらっとしてる奴はいいのだが、僕は横もでかかった。お腹はぽこんと出ぱっており、姿勢が悪く、肩が丸まり、顔が前に出てる感じで、後ろ姿はまるでゴリラのようであり、顔も目がデカくて鼻がぺたっとしててゴリラっぽく、同級生からはもちろんゴリラと気づいたら呼ばれており、野球でエラーしたり発表会でヘマなんかすると、「おいゴリラ、ちゃんとやれ」と怒声が飛ぶことがしばしばだった。その度へらへらしていたが、へらへらしてたから舐められていたのである。
体がでかくてよかったことなんか、生きてて一度もなかった。野球ならキャッチャーをやらされるし、サッカーならキーパーをやらされる。合奏会は大太鼓をやらされるし、合唱はテノールをやらされるし(本当は甲高い声なのに)、給食の残りものの処理係にさせられるし、女の子たちにはなんか毛嫌いされるし…。体が大きいというだけでイメージが固定され、役割も固定されてしまうのだ。僕だって、ショートを守ってセンターに抜けるか抜けないかのゴロを華麗に捌きたかったし、トライアングルを繊細にチリンチリン鳴らしたかった。だけど、見た目がゴツいというだけで、こいつは粗野でガサツなやつだというレッテルが貼られ(実際そうなんですが…)、豪快で力が必要な役しかやらせてもらえなかった。クラスの女子からそれとなく敬遠されていた(席替えで僕が隣になった時女子の微妙そうな顔を覚えている)のも、上記の印象操作が原因と思われ、僕の本当はナイーブで思慮深い性格を理解してもらってない、真実は捻じ曲げられているとプンスカしていたものだ。(だが、よく考えるとガサツな性格というのは、まわりの成長が追いつき中肉中背となった今でも変わらず、逆に普通ぽい今の僕がやばいとちりをした時など、ただのやつがやばいことをしでかしたエグみだけが残り、周りのドン引きもひとしおである。でかいというだけで役割を与えてくれた小学生のころは実は幸せだったのではないかと今はふと思うのであった)
そして、僕にはライバルがいた。それが鈴木くんである。以前の『鯉について』でも出てきた金持ちのボンである。鈴木くんは体がでかく、背の順でどちらが後ろになるかをよく競っていた。いつも鈴木くんがでこ一枚分くらい僕より背が高くて、僕はいつも後ろから2番目に並んだ。なんだか、気分がよくなかった。心がヌメヌメしていた。せっかくでかいやつキャラ、ゴリラキャラを受け入れはじめ、まぁ僕もコンプレックスは一旦置いといて、いっちょここは汚れ役引き受けますか、それも人生よ、ああ、小3ブルース、孤独な男の哀愁。なんて、へらへらと3枚目のピエロを演じる自分に自己陶酔しはじめていた時期なのにである。僕よりでかいゴリラっぽいやつが現れては、それも叶わんじゃないか。しかも、鈴木くんは金持ちだからWiiとかDSなど最新鋭のゲーム機器を取り揃え、堀口くんや平出くんといった少年サッカーをやってるクラスのスターたちや挙げ句の果てには女子まで呼んで、でっかいお屋敷みたいな家で一緒に遊んだりしていたのである。あっちは、好かれるゴリラ、こっちは疎まれるゴリラであった。みんなで鈴木くんの家で遊ぶ噂を耳にしながら、僕はフンだと拗ねて家に帰り、64のカセットをフーフーして、ドンキーコングをひとりでひたすらやっていたのであった。
そんなうじうじムカムカした日々を送っていたある日。その鬱憤を一気に解消できる日が訪れた。
僕はなんとなく体操着袋の紐をもってぐるぐる回すのが好きだった。鎖鎌やヌンチャクのように体操着服を武器に見立てて、机や壁を攻撃していた。机や壁も突然の攻撃に驚いたろうが、多分頭がおかしいやつなのでそっとしておこうと思っただろう。そして、ごきげんに階段を降りながら、手すりや階段のへりを攻撃した時、ブチっと音が鳴った。すると、手にあった重みが一気に消え、上を見るとゴジラ柄の体操着袋(ゴジラが大好きだったんです)がふわっと空中に舞っているのが見えた。紐が切れて抜けたのである。
危ない、と言わなきゃと思った時にはもう遅い。袋は、階段下にいる人影に直撃した。
あ、と思った。あの、栗みたいな坊主頭。実写版キングコングのような出立(←キングコングは実写だぞ)。他ならぬ、鈴木くんだった。
鈴木くんは、「なにすんじゃ!」と怒ってきた。僕は「なにて、体操着袋が飛んでったんちゃうんか」とそのまま今の状況をバカ丁寧に説明してやった。鈴木くんはゴジラ柄を認め、「お前のやろ!謝れや!」と言ってきた。僕はずっと鈴木くんに心のライバルとしてヌルヌルとした、嫉妬にも似た闘争心を抱えていた。だから、絶対謝れなかった。「嫌や!」と僕は言った。そして「それに当たってもうたお前も悪いんちゃうんけ」とやばいクレーマーでももうちょっとマシな難癖をつけるやろという難癖をつけて、口論に持ち込んだ。鈴木くんは、「はぁ?」という顔をした。当然である、鈴木くんは自分の被害状況を訴えても、余りある立場である。「お前が投げてきたんちゃうんけ?」と鈴木くん、「投げたんちゃうわ、飛んでったんちゃうんか。過失やろが」と僕。「せやかて、お前に安全管理の義務があるんちゃうんけ?」、「せやから、今回は、想定外の事態やからその責任全てを俺に押し付けんのはやりすぎちゃうんけ?言うてんねん」といった旨のことを、アホボケカスの罵詈雑言に置き換えて口論を続けた。「こんぐらい許せや、心狭いのぉ」と僕が言った時、鈴木くんの中で、何かが切れた。「おうほな決闘じゃ」と鈴木くんが言った。僕は「望むところや」と言ったし、望むところやと思った。どっちがほんもののゴリラキャラか決着をつける時だった。
給食室の前の中庭、オレンジのボイラー室の前。通用門が左にある。下校時間ということもあり、ギャラリーはなかなかの人数だった。20人はいたと思う。鈴木と長谷川の決着を一目みようと集まった群衆が輪を形成していた。さしずめ、実写版ファイトクラブのような雰囲気であった。ファイトクラブも実写ですが。
じりじりと、間合いをとるふたり。先手を仕掛けたのは、僕だった。「お前気に食わんのじゃ!」と叫びながら掴みかかった。先手をとって俺はビビってないんだぞアピールをしようとしたが、本当に殴っちゃうのは怖いやっぱりビビった感じで掴みかかった。うおおおと鈴木くんの体を無意味に揺すった。
すると、鈴木くんはサッと距離をとり、ドフッ、ドフッ、ドフッとふとももに三発強烈なローキックをお見舞いしてきた。鈴木くんのキック力は凄まじかった。そういえば、キックベースで鈴木くんは校庭の端にある鉄棒のところまでボールを飛ばしてたなと痛みの中何故か冷静に思った。
ローキックが筋繊維に入り、足がいうことを効かなくなった僕はとりあえずクリンチをして逃れるしかなかった。振り解こうとする、鈴木くんに負けずしつこく、しつこく鈴木くんを抱きつこうとした。グロッキーになりながらのその行動は情けないものにはたから見えたろう。しかし。僕は諦めるわけにはいかなかった。なぜなら、真のゴリラキャラは譲れなかったからである。
腕と胴体をガシッと抱きしめた。すると、お互いの汗のせいだろうか、ニュルンと滑ってしまい僕はいつの間にか鈴木くんの背後をとっていた。とりあえず、鈴木くんの後頭部をタコ殴りに殴った(危ないのでみなさんは真似しないでね)。頭がめっちゃ硬くて拳が痛くなるのも我慢して殴り続けた、するとその殴りに呼応して鈴木くんが手で頭をガードしようとした。しめた、首がガラ空きだぜ。僕は鈴木くんの首に前腕を巻き付け、チョークスリーパーの用量で思いっきりぎゅーっと締めた。(本当に危ないので、みなさんは絶対に真似しないように、てかなにやってんねん俺は、アホか)鈴木くんが苦しみながらゲホゲホっと咳き込み泣き出して、「やばいやばい」と言いながら上級生の小原くんがケンカの仲裁をして僕は腕をほどいた。そして、喧嘩は終わった。
やった、勝ったぞ!俺の勝ちや!俺が本当のゴリラキャラや!キングオブゴリラや!ゴリラオブゴリラや!今日からゴリラの名は、俺だけのものや!と僕はなった。有頂天だった。
しかし、周りはシーンとしていた。え?決闘という、小学校の一大エンターテイメントを見せ、しかもそこで勝利を挙げた俺になんの祝福もなし?ええ?なんで?お前らもしかして賭け事してたとか?小学生のクセに、ませすぎでしょとか思っていた。
大石くんといういつもデルトラクエストばかり読んでるメガネのやつが口を開いた。「首絞めるのは、ねえ」と言った。「いや、あれはさすがにないやろ」、「反則やって」、「なんか男らしくないっつうか」とみんな口々に言い出した。そして、みんな「大丈夫?」と鈴木くんをいたわり出した。鈴木くんは、涙を拭いながら立ち上がり、「うん、大丈夫」と笑顔で答え、みんなと一緒に帰っていった。僕だけそこに取り残された。夕焼けが、なぜかその日バカみたいに綺麗だった。でも僕は綺麗だと思ってはいけないかと思った。
翌日からしばらく、僕は卑怯なゴリラになった。先生や親には伝わらなかったものの、クラスの中では、あいつはいざという時になったら手段を選ばんやばいやつとひそひそ噂されて、目を合わすと不自然に逸されるなどした。鈴木くんは相変わらず、育ちのいい笑顔をみんなに振り撒いていた。
格闘技をよく見ていた僕としては、チョークスリーパーはれっきとした技なんだけどなとか、確かに打撃技で綺麗に決めた方がシンプルでかっこよかったよなあとかなんだか言い訳がましい脳内フィードバックをしていた。
が、ずれているのである。そもそも人に嫉妬をしたり、勝手に対抗心を燃やすことがトラブルの種なのだ。そして、体操着袋を鈴木くんに当てた時点でちゃんと謝ればよかったのだ。そうすれば、もしかしたら鈴木くんとも分かり合えたかもしれない。大人になった今、もっと素直に接すことができていたらと思う。
これが、『鈴木くんと決闘事件』の一部始終でございました。
PS 鈴木くんとは高学年以降は、仲良くなりました。