投稿_20190114_01

色をなくしたぼくら【2】

僕の世界には、限られた種類の色しか存在しない。
生まれた時から知らない色はたくさんある。
その分、僕の中には、僕しか知らない想像上の色がある。

きっと僕以外の人が実際に見る色と、僕が想像する色は違う。
それでも僕は、人と違うことに劣等感を持ったことはない。
むしろ、人と違うことをいつも楽しんでいる。

常に僕が求めるのは、僕の想像上の色を知ろうとしてくれる人だ。

■■■

あー、またやってしまった。
何かに集中してしまうと、僕の中に時間という概念はなくなる。
昨夜ふと思いついたアイデアを形にしたくなって、
徐にキャンバスの前に座ったら、手が止まらなくなった。
気付けば窓の外では、朝日が昇り始めている。

最近はいつも、こうなってから眠ることが多い。
仕事はどうせ夕方からだから、しばらくは眠る時間がある。
僕は今日もまた、朝を迎えてから眠りについた。


「慎ちゃん!そろそろ準備の時間よー!起きて―!」
母親の明るく元気な声は、いつもめざまし時計代わりだ。
「はーい」
気だるそうに、ただ一度で聞こえるように、それなりの声量で返事する。

僕が小さい頃から、僕ら親子を気にかけてくれた人たち。
その人たちは、この定食屋の店主夫婦だ。
高齢になったご主人が、一日中料理し続けることは厳しくなり、
今は僕が、夜だけは食事を作る要員として働いている。

母親は接客をするが、僕は料理だけを作るから、
僕自身がお客様と関わることがあまりない。
人と関わることが嫌いというわけではない。
只々そういう役割分担というだけだ。

「おはよう。あ、お花届いたんだね」
「おはよう。届いてるわよ!色が書いてある札も置いておいたから。」
「いつもありがとう!」

僕は生まれたときから、識別できる色が他の人より少ない。
特定の色は、区別出来ずに混同して見えてしまう。
僕が見ている色は、他の人が見ている色とは違うのだ。

でも、他の人に見えているであろう本来の色を想像するのが僕は好き。
だから、少しでも他の人が見ている色を知るために、
僕はこの定食屋さんで、すべての料理にお花を添える。
そして陰から、お花を見たお客さんの反応を見る。
色が持つ魅力を、僕はお客さんの反応から感じ取っている。
今日もまた、僕は作った料理にお花を添え続けている。

「あら、叶歩ちゃん!いらっしゃい!」
仕事かえりのサラリーマンが多いこの時間帯に、聞いたことのない女性の名前。
聞いたところによれば、いつもはお昼によく顔をだす常連さんらしい。
とても明るくて強い雰囲気を感じるけれど、どこか暗い影がある。
その女性が僕は気になって気になってたまらなくなった。

「慎ちゃん、あの女の子の分、生姜焼きね!」
そういわれた僕は、生姜焼きを作りながら添える花を考えた。
いつもなら、決まった色や適当な色を添えている。
でも今回は、どうしようもなく、あの女性に合った色を添えたくなった。
こんな感覚は初めてだった。

悩んで悩んで悩んで、僕はオレンジ色の花を添えることにした。
いつも何となく、適当に楽しんで添えていた花なのに、今日はドキドキ。
花を添える手が震えていることが分かった。

この感覚、一体何なんだろう。

花が添えられた生姜焼き定食は、彼女のもとへ運ばれた。
花を見てびっくりしている彼女の顔が見える。
僕は一体何をしているんだろう。何がしたかったんだろう。
自分の衝動的な行動を後悔しながら、彼女から目が離せないでいた。

彼女の目に光るものが見えた。涙だ。
泣いている。何で。僕の料理がまずかったのか。
いや、花があまりにもミスマッチすぎてがっかりさせてしまったのか。
僕の頭の中は、いろいろな可能性でごちゃごちゃになっていた。

泣きながら、彼女は少し笑みを浮かべて箸を進めた。
ほっとした半面、いつまでも彼女を見ていたいと思う自分がいた。

あの日から、僕にとっての「オレンジ」という色は、
間違いなく「君の色」になった。
僕の中にまた、新しい色が創造された瞬間だった。


*エピソード1は、以下の記事よりご覧ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?