Eight Roads Special Seminar - 星野リゾート 星野佳路氏
Eight Roadsがスタートアップの経営者とゲストを招いて定期開催しているスピーカーセッション。6月開催のセッションでは、星野リゾートの星野佳路氏をゲストにお迎えしました。家業の星野温泉旅館を継いでちょうど30年。創業者から数えて4代目となるのが星野佳路氏です。1914年に最初の旅館、星野温泉旅館をオープンさせ、今年開業107年目となる同社。佳路氏はホテルを所有・開発せず、運営に特化するという「運営特化戦略」を打ち出し、ファミリービジネスを維持・拡大してきました。
ホテル・リゾート業界に、これまでにない新たな取り組みを次々と繰り出してきた星野氏に10の質問をぶつけてみました。
〔プロフィール〕星野リゾート代表 星野佳路氏
1960年、長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。シティバンクでの勤務を経て、星野リゾートの前身である星野温泉旅館の社長に就任。以来「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げ、圧倒的非日常感を追求した日本初のラグジュアリーホテル「星のや」をはじめ、「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」など全国51カ所で宿泊施設、スノー・リゾートを展開している
■不動産リスクを最小限に抑える「運営特化戦略」
Q1.運営特化戦略を掲げてきたのはなぜですか?
A.不動産所有に伴うリスクを徹底的に低減できるからです。
運営特化戦略とは、ホテルを所有・開発せず、運営に特化する手法です。ホテルや旅館などの施設(不動産)を自社で所有すると購入に伴う借入金が増えます。それに加えて、不動産リスクを背負わざるを得なくなってしまいます。
父の代では、浅間山が噴火するとホテル・旅館の稼働が劇的に下がりました。あるいは私の代になってからも大涌谷の噴火やスキー場の雪不足で稼働率が大幅に低下した。
ホテルそのものの質や競争力とは何ら関係ない事情で業績が傾いてしまうんです。そこで不動産リスクを背負うことなく、借金を負うことなく、ホテル運営のノウハウだけに特化した事業で業績を伸ばしたいと考えました。
運営に特化すると、事業展開のスピードが高まります。一方で、特に大きなリスクのない平時に最も多くの収益を得るのはオーナー、すなわち不動産の所有者です。つまり「運営特化戦略」は平時の利益を犠牲にする代わり、事業展開スピードの速さを取るというトレードオフの戦略なのです。
Q2.星野リゾートではなく、星野リゾート・リート投資法人を上場させたのは正解だと思いますか?
A. むしろ予想以上にREITを上場させたメリットは大きかったと思っています。
リーマンショックや東日本大震災の際、施設自体の業績は悪くないのに、施設を売却してしまうオーナーが相次ぎました。そこで長期的に運用してくれる所有者を探すべく設立したのがREIT(リート:不動産投資信託証券)です。星野リゾートとはまったく異なる別法人として、2013年に星野リゾート・リート投資法人を立ち上げたのです。
その結果、リートが施設を所有し、星野リゾートは運営に特化するという戦略を継続することができています。
星野リゾートは自己資金やVCからの出資で立ち上げられた会社ではありません。つまり、上場による創業者利益は必要ないんです。ファミリービジネスなので、家業を次の世代に引き継いでいく役割を担っている。それができれば、上場は必要ないのです。
■育成よりも、持っているものを最大限引き出すこと
Q3.組織の拡大とともにどのように社員教育を行ってきましたか。そのポリシーは。
A.星野リゾートは組織づくりやカルチャー醸成には力を入れてきましたが、一方で教育や研修にはそれほどコストをかけてきませんでした。90年代後半から様々な研修や教育にチャレンジをしてきたものの、メンバーの能力を100から120へと引き上げることはなかなかできなかったんです。人間はやる気が出るまで絶対にやらない。そういう真理のようなものが見えてきたんです。
それよりも、いまある100の能力を最大限出し切ってもらうこと。その方がはるかに採算に合う。もともと持っている能力を出せるようになると本人もモチベーションが上がりますし、仕事が楽しくなる。退職率も下がります。ただ、そのためには失敗を許す文化をつくらなければならないし、自由なコミュニケーションを促進しなければならない。
だからこそ、フラットな組織文化づくりが重要なんです。最前線でお客さまに相対する現場のスタッフが、いかに発想しながら仕事ができるか。大切なのは”誰が言うか”よりも”何を言うか”です。これは文化ですから、仕組みでは解決できません。私にとって組織づくりの教科書はみなさんご存知の通り、ケン・ブランチャードの『社員の力で最高のチームをつくる――1分間エンパワーメント』(ダイヤモンド社)です。
Q4.組織をスケールさせる上で、採用や抜擢についてどのような考えを持っていますか。
A.基本的には新卒採用に力を入れてきました。それはフラットな組織文化に新卒社員がなじみやすいからです。
採用や抜擢の面でその考えが最もよく現れているのが給与制度ではないかと思っています。星野リゾートには「どれだけ能力が高くても低くても、給与に見合っていればいい」という考え方があります。
ホテル・旅館にはとにかく色々な仕事があって、あらゆる人にご活躍いただける。
その一方で、貢献の内容と、給料の金額が見合わなくなりがちなんです。年功序列を前提とした給与体系にすると、どうしても若手に対して貢献に見合った給与が出せません。一方、年長者には働き以上の給与を出さざるを得なくなってしまう。
そこで優秀な人材に残ってもらうため貢献度の高い人は思い切って給与を上げ、逆に貢献度の低い人に対して「経営陣が給与を下げていい自由」を取り入れさせてもらいました。これは90年代後半から実践してきたもので、社員との合意のもと行ってきた制度です。
その分マネジメント職を立候補制とし、「人事の自由」を社員に分けた。「経営陣が給与を下げる自由」のトレードオフとして、社員に「マネジメント職は立候補した人の中からしか選びません」と宣言して、会社の権限を狭めたわけです。
■キャリアを休む自由もある
Q5.社員を採用するときに外せないポイントは?
A.笑顔があるかどうかです。1カ月一緒に働いてから採用するならまだしも、一度や二度の面接で人を見抜くのは難しい。私自身、これまで何度も採用に失敗したことがあります。
ただ、接客業ですからどの社員も接客の最前戦に立つことに変わりない。お客さまに対して良い印象を与える笑顔があるか、その点をとても重視しています。
Q6.社員に能力を最大限発揮してもらうために、取り入れている仕組みは?
A.「能力を発揮したくない人に、発揮することを強要しない」ことです。長い人生、キャリアよりも家庭を大切にしたい、子育てに力を入れたいという時期もあると思います。なので、無理やり目標を設定して、「来年までにここまで能力を上げてください」ということを押し付けても、キャリアが窮屈になってしまいます。
社員の意志に沿って柔軟なキャリアが選べるよう対応できれば、退職率は減り長く勤めてもらえるはず。そのための仕組みの一つが先ほどあげた「マネジメント職は立候補制」ということです。他には、残業も希望制にしています。全員一律に残業ということをせず、シフト設計の段階で残業を多くしたい、少なくしたいといった希望を反映する。もちろん三六協定に則った範囲内で行っています。
Q7.なぜマネジメント職立候補制、残業希望制を取り入れているのですか?
A.退職率を下げたいからです。これは、なにか特別な理念や思想のもと行ったもの、というよりも明確なKPIを達成するために行っているものです。星野リゾートで重視しているKPIは、退職率です。それを下げるための施策です。
もともと星野リゾートは「株式会社星野温泉」という社名で地方の旅館からスタートしているので、リクルーティングに非常に苦労したんです。箱根や熱海の施設では、お客さまは来てくださるのに、接客する社員がいない。そんな状態が10年、15年も続きました。
何としても優秀な人材に地方に来てもらいたい。せっかく採用したのならとにかく長く勤めてもらいたい。そのためには、退職率を下げるための施策を行うことが重要だったんです。それで社員がやめる時は「イクジットインタビュー」といってその理由を聞いていった。そんな風に退職した人たちからヒアリングした内容を反映して生まれていったのが、マネジメント職立候補制、残業希望制でした。
■コロナになって、倒産確率を計算した
Q8.なぜ、スケールを追うのですか?
A.良い質問ですね。この質問は社員からもよく聞かれるのですが、スケールはリゾート・ホテル業界で勝ち抜いていくために必須だと思っています。スケールすることで社会的な認知が高まりますから、まず採用がしやすくなる。
それから各地方・地域で事業を行う際、最もいい立地で事業を展開できます。どのオーナーも、運営を任せるときには、最もスケールしていて最もブランド力の強い会社を選びますから。
それと、予約システムにも投資が可能です。お客さまにとって利便性の高い予約システムを構築すること、それはホテル・リゾート業の生命線となります。スマートフォンで宿泊予約のみならず、アクティビティやマッサージも予約できるし、好みの部屋番号まで選べて、自由にキャンセルできる。事業がスケールしていなければ、システムに投資することができません。
Q9.なぜ高付加価値なブランドを維持できているのですか?
A.その秘密の一つは、プライシングにあります。この業界では価格設定を間違っているケースが散見されます。短期的な利益を取るために、下げなくてもいいところまで価格を下げてしまっている。その一方で、先に買ってくださったお客さまを裏切らない、その価格設定における大切な思想がおざなりになってしまっている。お客さまに損をした気持ちにさせないことも、徹底しています。
Q10.コロナ禍になったとき、どのような葛藤や戸惑いがありましたか。
A.様々な葛藤や戸惑いがありましたが、何よりも社員の動揺をどう解消するかに思い悩みました。業績が急速に悪化したので、私以上に社員が「これからどうなってしまうんだろう」と不安になったはずです。
これまで地方創生、観光、インバウンドといった様々な観点から、集客は善とされてきました。しかしそれらがすべて「ダメ」だという烙印を押されてしまった。
このとき行ったのは、コロナ戦略の基本方針を打ち出し、犠牲にするものを明確にして先手先手で突き進んだことでした。コロナ戦略で重要な3つの方針を打ち出し、その後は社員とのコミュニケーションを徹底的に増やしました。数理モデルを駆使して、倒産確率を計算して社員に明示することまでやった。その結果、コロナ戦略への共感を醸成し、一緒に乗り越えたかったんです。倒産確率を発表したとき、逆に社員から共感の声が上がったのは驚きました。どれだけネガティブな情報でも、包み隠さず正直に伝えることで社員に共感が生まれるのだと痛感しましたね。
■Eight Roads Ventures Japan
Eight Roads Venturesは大手資産運用会社のフィデリティの資金を基に投資を行うベンチャーキャピタルファンドです。ヘルスケア領域を含む革新的技術や高い成長が見込まれる企業へ、米国、欧州、アジア、イスラエルとグローバルに投資活動を行っています。業界に対する知見とグローバルなネットワークを最大限に活用し、投資先に対してハンズオンで経営を支援し続けています。
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