吉作と凶作(2)

前編はこちら

吉作がお市とけっこんしてしばらくしたのち、村はきせつがめぐって秋になっていました。

ここはある村の家。おとうさんとおかあさん、それに二人の子どもがばんごはんを囲っています。
「おとうちゃん、ばんごはんはこれだけ?足りないよう」
子どもの一人が、おとうさんにむかっていいました。
「きょうはこれだけだ。がまんをし。」
おとうさんはにがにがしい顔をしていいました。
ほんとうはもっとたくさん子どもたちに食べさせるはずでしたが、思っていたいじょうに森で食べものを取ることができず、いつもより少ないものしか食べさせてあげられなかったのです。
「いやだいやだ。もっとたべたいよう。」
食べ盛りの子どもはただをこねて泣いてしまいます。
「こまったねえ。もううちにはたべられるものはないよ。」
おかあさんが、こしを浮かして、よわったように台所を見ます。
「そうだ、吉作さんのところに行って、食べものを分けてくれないだろうか。」
おとうさんがいいました。だけど、おかあさんはくもった顔でいいます。
「あんた、そりゃよくないよ。わたしが明日森へ行くから、そのときにくだものでも取ってくるよ。」
ですが、二人のかいわをよそに、子どもはおなかがすいたと泣きわめきます。
「しかたねえよ。ちょっと吉作さんのところへ行ってくる。」
おとうさんはそう言うと、家を出ていきました。

「吉作さんお願いだあ、オラたちにたべものを分けてくれ。」
おとうさんが戸をたたくと、すぐに吉作がでてきました。
「だんな、どうしたんだい。」
吉作はいつものしんぱいげな顔でおとうさんにことばをかけます。
「うちのこどもが、ばんごはんが足りないってさわいで困ってるんだ。ほんとうにもうしわけないが、ちょっとだけ食べものを分けてくれねえか。」
すると吉作は、二つ返事で笑っていいました。
「いいとも。ちょっと待っておくれ。」
しばらくすると、吉作は両手いっぱいの木のみやくだものをおとうさんにさしだしました。
「これをもって行っておくれ。」
おとうさんは思っていたよりも多い量の食べものにびっくりして目を丸くしましたが、吉作がいいと言うのでもって帰ることにしました。
「ありがてえありがてえ。このお礼は必ずするからなあ」
おとうさんがなんども頭を下げて言うと、吉作はあのえびすさまのような笑顔でいいました。
「いいんだよ。困っているんだろう?」

その日のあさ、村のあるわかものは自分畑へむかっていました。
しかし、どうにも気分がのりません。
かれは、きのうなかまたちとたらふくお酒を飲み、たのしい時間をすごしました。そのきおくがよみがえっては、いまひとつ、畑仕事へ出る気がしなくなるのです。
でも、畑仕事をしないと、かれの食べるものはなくなってしまいます。かれは、心の中でまよっていました。
「どうにも今日だけは仕事する気にならねえや。だけど、今日仕事しないと、おなかいっぱいごはんを食べられなくなるし、どうしたもんかなあ。」
そのとき、彼の中にあるわるい考えがうかびました。
「そうだ、吉作さんのところにいって、病気で仕事ができないといえば、食べものをめぐんでくれるかもしれない。」
彼は心のそこではわるいとおもいながら、吉作の家へむかいました。

「ごめんください。食べものをくれませんかあ。」
そのわかものは声を張りあげて吉作の家のとびらをたたきました。
「どうしたんだい?」
とびらをたたくと、すぐ吉作が出てきました。
「実はオラ、頭がいたくって畑に出られねえんだ。悪いが、ちょっとたべものを分けてくれねえか。」
わかものは吉作の顔色をうかがって言いました。
「もちろんいいとも。ちょっとまっておくれ。」
彼はあっさりと願いを聞き入れて奥に引っ込みました。と、まもなく両手たくさんの野菜をもってもどってきました。
「これぐらいでいいかい?」
すると、わかものは目を丸くしていいました。
「こんなにもらっていいのかい?ありがてえありがてえ。」
わかものは両手をあわせておじぎをしながら言いました。
「いいんだよ、困っているんだろう?」
吉作は変わらずえびすさまのような笑顔で、とくいげにいいました。

やがて村の人びとは、畑仕事をしなくなりました。そればかりか、森へ木のみを取りに行ったり、かりをしに行くこともなくなりました。なにしろ、おなかがすいたら、吉作のところはいけばたくさん食べものがもらえるからです。
村人は、最初こそちゅうちょしていましたが、吉作があのえびすさまのような笑顔で、いつも自分が思っているよりたくさんの食べものをくれるので、いつしか悪いと思う人もいなくなってしまいました。
ふしぎなことに、村びとが何十人と押しかけても、吉作はいつもたくさんの食べものを村びとにさしだしました。それに、いま食べものがないといってことわることもありませんでした。吉作はとくべつ大きな畑を持っているわけでもありませんし、とくだん木のみとりやかりが得意なわけでもありません。だけど、村人たちはみなたくさん食べものがもらえるので、そんなことは気にしなくなりました。
しかし、凶作だけは意地でも吉作のところへはいきませんでした。でも、村一番の嫌われものだった凶作のことなんてだれも気にとめなかったので、毎日凶作が一人で小屋のよこにあるたるに木のみを入れている様子を、みむきもしませんでした。
「吉作さん、まきがなくなったからもらっていいかい?」
「吉作さん、鍋がわれてしまったからもらっていいかい?」
「吉作さん、ふとんがなくなったからもらっていいかい?」
村人はちょうしにのって、たべものいがいのものもたくさん吉作にようきゅうしましたが、吉作はいやな顔一つせず、ものをさしだしながら、あの笑顔にほほ骨をうかべてこう言いました。
「いいんだよ。困っているんだろう?」

「あんた、いいがげんに人にものをあげるのはおよしになってよ。」
吉作の家で、お市のふるえた声がひびきました。吉作の家のものは、ほとんど村の人が持っていったので、がらんとしていて、囲炉裏にともるちいさなあかりしかみえません。
「これ以上わたしちまうと、あんたも私もうえじにだよ。」
お市は、今にもなきそうな声で吉作にむかっていいました。
すると、吉作は、あのえびすさまのような笑顔とはにつかないような怖い顔で、お市にどなりました。
「うるせえ。おれにはむかうのか。お前はだまって、おれの言う通りにしていればいいんだ。」
吉作は般若のような顔でお市をなぐろうと手をあげましたが、何かに気づいたようにそのこぶしを下ろしました。
「あぶねえ。しょうばいどうぐにきずを付けるところだった。そら、はやく山を下りて、その体で金をかせいできな。」
吉作は、いつものようにお市にふもとの町へ、かせぎに行くようにうながします。だけれども、お市はひざをかかえて泣くばかりで動こうとしません。
「てめえ、まだわからねえのか。おまえのせいで、村の人はみんなうえじにするんだぞ。」
お市は、おびえたように顔をあげました。その顔は涙と鼻水でぬれていて、けっこんしたときのような美しいお市のすがたとは別人のようです。
さすがの吉作も、そのみにくい姿を見て悪いと思ったのか、今度はやさしくお市の肩をゆすって言いました。
「お市や、どなったりしてごめんよ。でも、おまえがかせいでくる金で買う食べものだけがたよりなんだ。それに、村のやつらも、いつかお礼しますと言っているんだから、そのうち小判のいちまいでもくれるさ。」
吉作は、心のなかで思っていることをお市に打ちあけながら、かせぎにいくようにうながしましたが、お市のすすり泣く声だけがいつまでも吉作の家にこだましていました。

「かわいい女の子はいねえかなあ。」
村のあるわかい男たちのひとりが、酒をのみながらいいました。かれらは吉作から毎日食べものをもらっているので、近ごろはすっかり働きもせずに、ぶらぶらと仲間であつまってお酒を飲んでいました。
「こうしてみんなで酒を飲むのも、あきてきたなあ。かやいい子はいねえかなあ。」
かれらはすることがなくなり、目先のよくぼうにしか興味がありませんでした。
「なあ、吉作さんのところのお市ちゃん、とてもかわいかったよな。」
仲間の一人が、思い付いたようにいいました。
すると、別の仲間があわてたようにいいます。
「おい、オラたちァ吉作さんにはほんとうにお世話になってんだ。お市ちゃんに手を出すなんて、さすがにまずいよ。」
しかし、その仲間は酒で赤くなった顔をむけ、にやりとした顔でことばをかえしました。
「だいじょうぶさ、吉作さんのことだ。おれたちがひまで仕方がねえっていえば、かしてくれるさ。」

「ごめんください、吉さんやぁ。」
わかい男たちは、吉作の家におしかけました。
「どうしたんだい?皆の衆」
吉作は、いつもの心配そうな顔でいいます。
「実はオラたち、ひまでひまでしかたねえんだ。無理かもしれねえけど、ちょっと、お市ちゃんと遊ばせてくれねえか。」
すると、吉作はすぐにあのえびすさまのような笑顔でいいました。
「いいとも。困っているんだろう?」
そのまんめんの笑みは、目尻と口がつながりそうなほどになっていて、どこかうすきみ悪いものでした。

「お市や、どこへいったんだい?帰っておいで。」
吉作の声が、夕やみの畑にながくこだまします。吉作は、あのおとこたちと共に遊びに行ってから、お市がなかなか帰ってこないのをしんぱいしてあたりをさがしていました。けれども、どこをさがしても見つかりません。あたりはくらくなり、足もともみえないぐらいになっていました。
吉作は、川のそばの道をとぼとぼと歩きながら家に帰っていました。と、足もとに何やら大きなものがぶつかってよろめいてしまいました。
あわててよく見てみると、何やらつま先に赤いものがついています。吉作は、かがみながら目をこらして、その当たったものを見てみると、それは、服をぬがされ、あちこちにらんぼうされたあざのあるお市のなきがらでした。

それからというもの、だれが吉作の家をたずねても、とびらは固く閉ざされたままで、吉作が出てくるけはいはありませんでした。最初は、お市が亡くなって悲しみにくれているのだろうと、村人たちはそっとしていましたが、いつまで経っても家から出てくる気配がありません。
しんぱいした村人がかれの家のとびらを無理やり開けて入ると、そこには太いなわで天井から首をつった吉作の死体がありました。

吉作とお市が亡くなりしばらくして、村には冬がやってきました。
村人たちは、困りはてていました。ふだんなら、冬をこすための食べものを秋にたくわえておくのですが、今年の秋はみんな吉作が食べものをくれたので、みな冬になれば吉作が食べものをくれるだろうと思っていたのです。
だから、どの家にも食べるものがなくて困っていました。
「おかあちゃん、おなかがすいたよう。なにか食べさせてよう。」
そんな子どもの声が、村のあちこちの家から聞こえていました。
「オラたちもおなかがすいているんだ。がまんおし。」
おとなたちはこまった顔で、子どもにそう言い聞かせるしかありませんでした。
しかし、村の中でも一軒だけ、たべものがふんだんにある家がありました。そう、凶作の家です。
彼があの大雨いこう少しずつためていた木のみは、大きなたるで数えて五つにもなっていました。それに、木のみだけでなく、干したしかの肉や塩づけにした野菜もたくさんありました。
村人は、凶作の家の横を通るたびにたくさん食べ物があるのを見て、まさか自分たちが見下してきた凶作があんなにたくさん食べものを持っているなんて、と、くやしさに歯ぎしりをしていました。
「よわったなぁ。こうも食べものがないんじゃ、明日にでも死んじまうよ。」
村人の一人が、集まった仲間によわよわしく言いました。
「吉作さんがいればなぁ。何とかしてくれたかもしれないのに。」
答えるように別の村人がいいました。彼らは食べものがなくてひもじい思いをするたび、あのえびすさまのような吉作の笑顔を思い浮かべていました。
「この村で食べ物があるのは凶作の家だけだな。分けてもらえねえか頼んでみるか?」
別の村人が言いました。しかし、みな浮かない顔をしています。みな、凶作が分けてくれるはずがないと思っていたからです。でも、背に腹はかえられませんでした。ことわられると分かっていながら、かれらは凶作の家にむかいました。

「だめだ。俺の食いものは分けられねえ。」
凶作の冷たい声が、村人たちの耳にこだまします。
「そう言わずに、うちには小さな子どももいるんだ。」
村人の一人がすすり泣きながら言います。
「それが何だというんだ。分けられねえもんは分けられねえ。」
村人はいつものとりつくしまもない凶作のようすに、そろってうなだれてしまいました。
そのようすを見ていた凶作は、しばらく腕をくんで考えたのち、こう言いました。
「なぜおれが、食べものを分けないかわかるか。」
村人の一人が、顔をあげました。なぜだ、と言うように目でつづきをうながします。
「それは、お前たちが頭をつかわねえで人のぜんいにつけ込むからだ。」
村人たちは、凶作の言う意味がわからないように、ふしぎそうな顔をしています。
「日でりがつづいた時、おれはこれじゃあいけねえと思って隣の隣の村まで行って日でりが止む方法を聞いてきた。そしてひでりには火をたくのがいいと言うからずっと火をおこしていたんだ。だけれどお前たちときたら、目先の食よくにかまけて、二言めには食べものをくれと聞いてくるしまつだ。どうして日でりを止める方法を考えなかった?」
凶作が低い声で話すのを聞いて、村人は口をあけ、あ然としてかれの話をきいていました。
「それに、おまえたちは吉作をこまっている人をたすけるかみさまだといって口ぐちにほめていたが、本当に心が清いなら、なぜおれみたいな嫌われものの家が流されてこまっていたのを、助けなかったんだ?」
凶作はつめたい口調で言葉を続けます。
「でもあいつは、家から出てくることもしなかった。ただ、人にものを与え、ちやほやされることによろこびを感じる、ぜんいの化け物だ。それにも気づかず、越冬に向けた準備もしないで吉作からものをもらっていたおまえたちに、わたす食べものなんかないだろう。」
凶作はそう問いかけましたが、村人のひとりもその問いに答えないところをみて、ぴしゃりととびらを閉じました。

その冬、その村の人たちがどうなったのかは分かりません。
ただ、冬が終わり春になると、その村には凶作の家からだけ、かまどから出る煙が上がっていたことだけは、遠い山からでもわかりました。

<おわり>

いいなと思ったら応援しよう!