Hunter x Hunter ヒンノブSS
「こりゃどう見ても敵さんの念能力だろ」
ノブナガは3秒前の決意に押し出された迂闊さを呪った。同時に、不意に襲われた懐かしさに酔っていた。
かつての彼は、確かにそうであったのだ。蛮勇に似た迂闊さを纏って、幾度となく一寸先の闇のドアを開いては押し入っていた。
自らよりも年若い少年たちの劇団に身を投じた。ゴミ山で拾ったボロ刀とふやけた雑誌の見まねで東方の剣術を磨いた。世界一の悪党になると嘯いた。旅団《クモ》では、少年時代にウマの合わなかったウボォーギンとペアを組むことが増えた。いつしかノブナガの背中は、向こう見ずの巨漢が背中合わせで守っていた。
ウボォーギンは旅団《クモ》に入ってから変わった。腹をすかせた悪ガキの大将が纏う粗暴な空気。いくつかのタイミングで彼は段階的にそれらを変質させ、彼の体から湧き出る焦燥と暴力性は、目の前の敵に収斂していった。人間の性質はその時に与えられる役割”キャラクター”で容易に形を変える。ウボォーギンにとってそれはクロロの作った旅団《クモ》であり、ノブナガにとってそれはウボォーギンの相棒”バディ”であり、クロロにとって、それは旅団《クモ》のリーダーだった。
「あいつもフィンクスも、強化系のヤツは目の前しか見てねェんだ。だからこんなややこしいトラップに容易くかかっちまう。」
「何か言ったか?それよりどうする?この部屋、明らかに何か仕掛け”ギミック”がある…感じるか?」
ノブナガの、不意に漏れ出た独り言を拾いきれず、巨躯の男が向き直って問いかけた。
先ほど抵抗なく開いたばかりのドアが、今度は見えない力でひとりでに閉まり、二度と開かないことが確認された。言わずもがな、この部屋の主による、念能力発動の条件を満たした合図だった。
ドアから数歩離れ、重心を低くしてナイフを構えた巨躯の男は、鋭い目つきで部屋の隅々を見回した。押し入った部屋での、想定を外れた異様な雰囲気を少しずつ飲み込みながら、傍のノブナガの落ち着き払った、いや、非常事態にありながら、何か別の思考に捕らわれているような胡乱な目つきを最も訝しんでいた。
ヒンリギは若くしてカキンマフィアの一柱たるシュウ=ウ組の若頭までのぼりつめた。マフィアの”渡世”は冷徹な決断の連続であるといえる。目の前に理不尽と暴力が転がり込んだら、最も組”ファミリー”に利益をもたらす判断をしてみせる。目の前に理不尽と暴力が転がり込んだら、何を失って何を得るかを決断する。そういったことの連続だった。
「この部屋自体が念で作られた空間だ。それも空間にルールを付与して入ってきた人間を踊らせるタイプ。具現化系の可能性が高ェな。放出系はもっと雰囲気がおおざっぱなんだよ。」
ヒンリギの生来の乾いた怜悧な思考とマフィアの世界は相性が良かったといえる。ヒンリギの中にはもうひとつの哲学があった。それは生来の冷徹さに相反する、後天的に身に着けた根拠のない蛮勇。それもまた、彼がシュウ=ウ組の若頭という役割キャラクターが与えた形だった。賢しいだけでは波風を起こすことはできない。頭の中にわき起こるリスクや反証、足を止めるすべての要素に目を瞑るスイッチ代わりに、このキーワードを口にすることにしている。
「動(ドゥー)だ。部屋を調べる。」
ノブナガの口元が微かに緩んだ。先刻名前を聞いたばかりのこの男に対する興味と警戒が入り混じる。先刻に名前を聞いたばかりのこの男。旅団””クモ””とマフィアの間で一時的に結ばれた協定。本心はわからないし、罠や裏切りが待っていようと、そうなったら斬ればいい。ただこの男の目線はまっすぐ前だけを向いている。この男の背中の注意は誰が払うのだろうか。前しか向かない男の背中は誰が守ってやれるのだろうか。巨躯を包むスーツのストライプに、焦点を合わせないままぼんやり視界にいれたまま独り言ちた。
「この壁にびっしり…何か、書いてあるな…この部屋のトリセツか…?」
ナイフを片手にヒンリギが壁を調べている。黴臭い船室を模してはいるが、数々の違和感が、この部屋の異常を物語っていた。ひとりの人間の妄想がで組み立てた空間。部屋の形をした誰かの頭の中に違いなかった。すでに2人はこの部屋に付与された思考を、運命を読み取る作業を強いられていた。
「ふむ。見たところ部屋の中に術者本人の気配はねえ。永続タイプの合意型か。ルールを読ませる制約で、とんでもなく強めのダンスを獲物に課す…か。術者がいないってことは、ここから抜け出す””穴ゴール””も一緒に用意されてる可能性が高い。なんて書いてあるんだ?」
「…」
「読め、なんて書いてある?」
「セックスしないと出られない、だ」
「冗談じゃねえ…」
蛮勇と怜悧。誰かの背中。失った友人。なくした動機。それをもう一度、強く押してくれるかもしれない人が、目の前に。
「動(ドゥー)だ」
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