喪失感新婚旅行 [18] 静岡 喋ってはいけないゲストハウス
静岡市に泊まる予定のゲストハウスは、1皆が喫茶店で、2階がゲストハウス。建物は洋レトロな雰囲気で胸がときめいた。
ゲストハウスのオーナーさんに渡された、色々なルールが書かれた紙の中に気になることが書いてあった。
「私語厳禁」
…え、もしかして、喋ってはいけない感じなのか?
宿泊する部屋に入り夫に小声で、
「ねぇねぇ、ここに私語厳禁って書いてあるけどさ、喋っちゃだめってこと?」
夫も小声になり、
「え?大丈夫なんじゃないの?俺らしかいなそうだし…」
「いや、さっき、ドミトリーの方に女の人が行くのが見えたから、多分もう喋っちゃだめでしょ。」
「…まじか。」
そんなこんなで、喋ってはいけないタイムがスタートした。
何かコミュニケーションを取るなら極々小声か、筆談で。ルールを守らなくては怒られてしまうかもしれない。
静岡の街中はクラフトビールのお店が沢山あるらしいので、夜は飲みに行く予定だった。
なので、さっとシャワーを浴びて、身支度を済ませ、私たちは一旦ゲストハウスを出た。
チェックインしてからたったの2時間くらいしか経っていなかったものの、周りを気にせず話ができる喜び。本当に喋ってはいけない宿なのであれば、カップルや夫婦にはキツいよね、と夫と話をした。
今まで宿泊してきたゲストハウスは、コミュニケーションを大切にしている所が多かった気がする。しかし、今日泊まるゲストハウスは、それとは真逆のタイプなので戸惑った。
おもてなしを大切にしている旅館や、ビジネスホテルとは違い、ゲストハウスというのは、オーナーさんの個性や信念が強く出るのだなと、それがゲストハウスの面白いところなんだなぁと感じた。
けれど、私語厳禁なのであればHPなどに記載してもらえると助かるなぁと思ったのだった。
飲み歩きしながら、古着屋さんを見たり…
色んなスタイルのクラフトビールが飲めたし、この街にはとっても満足だった。
ゲストハウスに戻り、ラウンジでゆっくりと旅の記録をしようとしていた。
夫もiPhoneで何かを見ていた。
ラウンジには、他にパソコンでひたすら仕事をしているであろう女性と、オーナーの女性。
皆、無言。私語厳禁なこの空間の居心地は私たちにとっては重すぎた。
夫とアイコンタクトを取る。
「ここには居られない」という視線だ。
私のiPhoneが鳴る。
夫からのLINE、
「ちょっと飲みに行ってくるね。」
「いってらっしゃい。」
私はその後しばらくラウンジで日記をまとめていた。
でも、ひたすらにタイピング音かiPhoneの通知音しか鳴らない空間に、いてもたっても居られず、部屋に戻ることにした。
部屋のベッドに横になり、静かな時間を過ごす。こっちの方が断然気持ちが楽だ。
しばらくすると夫が帰ってきた。
「コロナ禍だから、お店も早くしまっちゃってさ〜。あんまり飲めなかったな〜。」
私語厳禁だし、近隣のお店も早く閉まってしまうし、何だかツイてない日。
この日は部屋でゆっくり過ごした。
翌朝は、このゲストハウスのモーニングを食べようという予定を立てた。
ワンコインで、トーストとドリンクが飲めるらしい。モーニングというだけで、朝を丁寧に過ごせたと思えるし、朝はなぁなぁに過ごしがちな私にとってはモーニングを食べるということは、自己肯定感も上げてくれる、ちょっとした1日の中の特別なイベントでもある。
きっと素敵な朝になれば良いなと思い眠りについた。
翌朝、モーニングを食べにラウンジへ。
席について、注文する。
相変わらず静かな空間。オーナーさんは静かな空間が好きなんだろうな。
夫はピザトーストにアイスのカフェラテ。
私は普通のトーストにホットコーヒー。
テーブルに運ばれたモーニングを食べる。
ん〜美味しい。フォークとナイフが可愛いサイズ(つまりは小さい)ので、手の大きい夫には小さすぎたらしく、ちまちまとトーストを切って食べている姿が面白くて仕方がなかった。だが声を出して笑ってはいけない。
モーニングを食べ終え、荷物を整理して私たちはチェックアウトした。
喋ることをせず、静かに過ごした私たちは、大人しい人間に生まれ変わったようだった。
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