ハルジオン
みなさんは、ラブレターを貰ったことはありますか。
今、私の手もとには
《好きです。お付き合いしたいです。OKならクリスマスデート行きませんか》
そう書かれたラブレターがある。
それは仲の良い男友達から渡されたもので、宛先は私ではない。
─ごめん、最低だ
男友達だと思っていた。そのラブレターを受け取るまでは。
彼は服装や持ち物は大人びていて、中学生らしくない。
でも年相応に可愛らしくて。男子らしい少し汚い字だけれど一生懸命書いているのが伝わってきた。
運良く封がされていなかった封筒を私は開けてしまったのだ。
初めて渡されたラブレターは、自分宛てじゃないなんて、なんとも残酷だ。そして私は最低だ。
彼と私は今年初めて同じクラスになり、初めて言葉を交わした。少し年の離れたお姉さんがいる彼は、同級生の中では浮いて見えるほど大人びていた。冷めていて、物事をいつも俯瞰している、どこか中学生らしくない私とは馬があった。
彼といると年相応に騒いだりする必要もなく、とても心が穏やかで心地よかった。休日には一緒にカフェに行ったり、映画を見たり。たまに同級生に目撃され、〝付き合っているのか〟と聞かれることもあったが、その当時はそのつもりもなく、ただの友達だった。性別が違うだけの。
「渡してくれた?」
「うん」
彼の想いの人は私が仲良くしている衣純(いずみ)ちゃん。直接渡す勇気のない彼は偶然習い事が同じである私に渡すように頼んできた。
彼の一番近くにいる家族以外の異性は私なのに、一緒に過ごしてきた時間も長いのに、彼は私ではない人に恋をしていた。それが凄くショックで、少し期待していた自分がいたことにも驚いた。そして、友達ではなく異性として私は好きだったんだとやっと気づいた。いや、気付かないふりをしていただけかもしれない。近くにいられるなら、関係は何でも良かった。
そのまま冬休みに入り、彼からは付き合ったと報告をもらった。
今まで私と過ごしていた休日は、衣純ちゃんと過ごすようになり、すごく、すごく、捨てられた気分だった。衣純ちゃんは良い子だし、二人が幸せなのはいいことだと思う。その分私は幸せではないけれど。
休日に会わなくなったけれど、学校に行けば普通に話すし、彼にとって私はただの女友達というポジションだろう。私もその位置にすがって、彼の近くにいる。好きと伝えれば壊れてしまうのが目に見えているから。
私達はそのまま卒業し、別の高校に進学した。
徐々に連絡をとる頻度は減り、SNSでお互いに〝いいね〟だけ押す関係になった。
そしてそのSNSで私は彼が衣純ちゃんと別れたことを知った。アイコンが別の女の子とのプリクラに変わっていたからだ。
すらりと背が高く、清潔感がありパーツも整っている彼はよくモテた。彼女は途切れず、いつも誰かしら隣りにいた。可愛い子が多いと噂の高校のカースト上位層の美女と付き合ったり、私のクラスメイトの友人と付き合ったたり。世間は狭い。
付き合って、別れて、お互いをブロックする。
それを繰り返している彼を私は相変わらず女友達ポジションにあぐらをかいて見ていた。
別れることがないから、この場所に居続ける。
でも本当は、彼と、彼から恋人として見てもらいたかった。愛おしい存在として、特別な存在として。
あれから数年経ち、私は地元で薄給会社員をしていた。時間もお金もない。恋する余裕もない。恋なんて、贅沢品だ。
私の人生はモノクロだった。
─あ、雨
急な雨から逃げるように入ったコンビニで、買い物をして出ようとした時に背の高い男性とすれ違った。
その瞬間、ドキッとした。だってそれが、彼だったから。
すれ違って2,3歩進んだところで振り返ると、彼もまたこちらを見ていた。
ドラマならここでロマンチックなBGMが流れるだろう。恋に落ちるのが流れだろう。
だけど疲れ切った私は色褪せた服を着ていて、更に雨に濡れてとてもじゃないけれどヒロインにはなりきれない酷い姿だった。
思わず逃げてしまった。
数年間開いていなかったSNSを開き、彼にDMを送ってみて、他愛のないことを話すようになった。
彼のことを好きだった気持ちを思い出し、モノクロだった私の人生が一気に色付いて見えた。
そして私はまた彼に恋をした。
彼は今、夢だった建築家になるために隣県の大学に通っているらしい。すぐ帰ってこられるから、たまに地元へ戻ってくるそうだ。
あの頃みたいにふたりで遊びに行ったりサシ飲みしたりするのは少し気が引けて、中学の同級生も交えて年に数回集まった。
相変わらずきれいな顔で、服装もあの頃とほとんど変わらないけれど年相応に見えて違和感もなく、とにかく、素敵だった。
「最近あの頃のメンツと飲んでるんだー。あの人とも久々に会えて、嬉しかった」
街がイルミネーシで輝き出す頃、遠方で就職した友達と会う機会があった。
「そういえばあいつ、知佳(ともか)と付き合ってるよ。もう3年くらいかなーあいつにしては長いよな」
知らなかった。ショックだった。SNSのアイコンは彼が溺愛している実家の猫だし、彼女がいると匂わせる投稿はなかった。しかも、よりによって、彼女は中学の同級生。またか…
きたるクリスマス。この時期に私のトラウマが増えていく。仕事は忙しいし、街は多くの恋人たちが身を寄せ合って歩いている。そしてキラキラと輝くイルミネーシが私には眩しすぎる。
お酒に強くないにも関わらず、一人寂しく小さな部屋でワインを2,3杯煽ってそのまま眠りについた。
翌朝起きると気持ちが悪い。二日酔いか。働かないといけないから這いつくばって出社する。無理すぎる。
薄給なうえに休みも少ない。休みも多くて給与もボーナスも多くて福利厚生が豊富なホワイト企業が羨ましい。
《忘年会しようよ》
あの集まりのグループチャットにメッセージが入る。
「ちょっと太った?」
乾杯してシャンディガフを飲んでいると彼が私の両頬をムギュッと摘んだ。
「失礼しちゃう。忙しくて暴飲暴食してんの」
綺麗な顔が近くにきて、思わずドキドキしてしまう。ずるい。
相変わらず彼は、彼女の話なんてしなくて。酷いやつ。でも嫌いになれない。私はまだ、彼が好きだ。
私は残りのシャンディガフを煽り、彼と同じモヒートを頼んだ。
完結済長編小説
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