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あきらめるにはまだ早い

 昼休みは、私の理想として、一人の時間を大切に過ごしたい。
 10分程なら誰かと話す時間があっても良いが、それを越えると、私の貴重な休憩時間が秒を増すごとに悲しくなるのだ。
 最近ではその10分すら惜しいと思ってしまう。
 だから私は昼休み、人気のない施設北側の外にある軒下のベンチにて過ごしている。
 そこは日当たりが悪い。暖かくなった最近は害虫の率が増えるので、殺虫剤の缶も持参している。
 人は陰の場所だと思うかもしれないが、私にとっては癒しの場所である北側のベンチで過ごすことは、とても大切な時間なのだ。
 ところがだ。
 最近は暖かくなってきて、以前よりも増して用務員のおじさんがやってくる率が高くなった。私は用務員のおじさん達は好きだが、休憩時間をフルに使って世間話をするほど依存してはいない。
 10分すら惜しいのに、10分を越えてくると、心がざわざわとしてしまうのだ。
 お願いだから、私一人の時間をくださいと思ってしまう。
 
「なあ、事務所前に置いてあった電子レンジ、お前さんのユニットのやつか?」
 
 と、聞かれる。
 最近うちのユニットの電子機器は立て続けに不具合を起こしている。乾燥機、食洗機、今度は電子レンジだ。安物の電子レンジは10年は使っていて、ダイヤルを回しても電源がつかなくなっていた。ユニット職員は、その電子レンジをどう使えば動くのか、コツをわかっていた。そのコツを使って一ヶ月ほどを過ごしてきたのだが、もうそのコツすら使えなくなっていた。
 たまに私はその電子レンジをド突いたりした。ド突けば回路が敏感になって動きだしてくれるのだと勝手な思い込みからだ。
 
「あー、今度こそマジ壊れた! 完全に壊れた!」
 
 と嘆く同僚に、
 
「大丈夫。まだ息の根はある。ド突けばまだいけるよ!」
 
 と言い、私は電子レンジの頭をド突くのだ。
 すると、光が灯り、ターンテーブルが回りだす。
 
「まじで壊しにかかってません?」
 
 同僚は笑う。
 
「結局こいつはもう死んでいる」
 
 と、ケンシロウのように呟いてみるが、若者の彼にはそのネタは通用しなかった。
 
 
 用務員のおじさんは、電子レンジについて、昼休憩の私にしつこく聞いてくる。
 私は、あれはもう壊れたから諦めたと答えた。耳にイヤホンを装着し直すという話しかけるなアピールをして、最近お気に入りのYouTubeを観るが、おじさんは話をやめない。
 
「電子レンジがないなら今はどうしてる?」
 
 そんなこと、このおじさんには関係のない話だろう。なぜそんな彼にとってどうでもいい話を私の貴重な休憩時間に聞いてくるのか。正直めんどうだと思った。
 
「隣のユニットに借りて使ってますよ」
 
 スマホ画面を見たまま答えた。
 正直イライラした。
 最近私の心の余白はほとんどない。
 午前で消耗した、どす黒い色で塗りつぶされた余白を少しでも白に戻す時間が、おじさんが話しかけてくることで無くなってしまう。
 水戸黄門の助さんか格さんだったかが見せびらかす印籠で静まる敵のような働きを、私の耳にあるイヤホンではできないようだ。
 これはヘッドホンぐらい大きくないと、私は今私の世界にとじ込もっていますアピールができないのかもしれない。私はヘッドホンの購入まで考えてしまった。
 私という人間は、暗黒のどす黒い闇の世界から這い上がってきた悪魔のようだと自己嫌悪にも陥った。
 
 午後3時。
 入浴介助からユニットへと戻ると、壊れたはずの電子レンジが戻ってきていた。
 撤去されて空白だった棚のスペースが、元に戻っている。
 私は電子レンジの電源を回してみた。
 ウイーンと音が鳴り、普通に明かりがつき、ターンテーブルが回り出す。
 なぜ故に生き返ったのか。不思議だ。
 ただ、ターンテーブルの耐熱ガラスの皿が無くなっている。
 事務所に問い合わせると、昼からあの用務員のおじさんが修理してくれたのだと聞いた。
 すでに死んでいるとド突きまくっていた電子レンジを、おじさんが修理してくれていたのだ。
 私の砂漠のような心に、オアシスが現れた瞬間だった。と同時に、私は自己嫌悪で歯をくいしばってしまった。
 
 私は昼休み、おじさんに冷たい態度をした。
 次々と電子レンジについて質問してきたおじさんは、それを復活させたい気持ちで聞いてきてくれていたのだ。
 普通、あんな塩対応をされたら、もう知るかと見捨てるのが当たり前なのに、おじさんは私と電子レンジを見捨てず救ってくれたのだ。
 
 後から、おじさんが入れ忘れたターンテーブルの耐熱ガラスの皿を持ってきてくれた。
 誇らしげに「おい、直ったぞ!」と笑顔を見せてくれる。
 私は、この生涯で五本の指に入るだろう最高の微笑みとともに感謝の気持ちを伝えた。
 おじさんは、
 
「まだ捨てるにはもったいない。あきらめるのは早いぞ!」
 
 と、映画の主人公のように笑った。
 私の心に、その言葉が突き刺さった。心の砂漠に発見したオアシスが、また広さを増したようだった。

 明日の昼休憩の時、自販機で一番高い缶コーヒーを買って、おじさんと一緒に飲もうと思った。
 ちっちゃいくせに、一本120円もするめちゃくちゃ上手い缶コーヒーを二人で飲んで、10分だけなら楽しく話をしようと思った。

 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 

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