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季節外れの空間

昼休みになると、屋外北側にある日の当たらないベンチにて過ごす。大抵誰もやっては来な穴場的スポットだ。

ここは貸切の秘密基地だと思っているが、たまに虫や生き物以外に人間がやってくることがあった。

休憩時間が一緒になると、人と相席することがある。大抵は用務員のおじさんだ。

おじさんは、草刈り機を片手に色あせたタオルを首に巻き、白シャツ姿で現れた。草刈り機の作業で飛び散った草や土埃をつけたままの汚い格好で、

「おう、おつかれ!」

と言って、遠慮なく私の隣に腰かけた。
汗ばんだTシャツは雑巾絞りでもしたら汁が出てきそうな勢いだ。

「お疲れ様です。今日も暑いですね」

「おう。午前だけで疲れたわい」

おじさんは気が抜けたように呟き、缶コーヒーを口にした。

用務員のおじさんは、草刈り機を持ったなら徹底的に雑草を始末する優秀なマシーンへと変身する。草刈り機で通用しない雑草は素手で根こそぎ始末する完璧主義な仕事人だ。

私は少し前に全てのタンポポが駆逐されてからというもの、いつかチャンスがあったなら頼むつもりでいたのだ。

「あそこにあるタンポポの葉っぱ、またしぶとく生えて来たんですよ。あれだけは残してもらえませんか?」

私は、2メートルほどの先に有る、アスファルトの隙間から咲く葉っぱだけの株を指さした。

「始末したらだめか? 残したら増えて増えて仕方がないぞ? 綿毛になってブワーと増えるぞ?」

おじさんは不思議そうな顔をした。

「あそこに花が咲いてると癒されるんです。なのに一切水をやったりだとか世話要らずでしょ? こちらとしてはとても都合が良いなって思うんですよ」

おじさんは豪快にガハハハと笑った。

「おう分かった。あそこのタンポポは残しておくよ」

そう約束をしてくれた。

タンポポが真夏に花を咲かせ持続させるのは当たり前の事ではないのだと、今年の夏の終わりに気づかされた。

去年はオールシーズンで元気に咲いていたが、今年は去年とは違う時の中にいるのだから、咲かなくても仕方がない。そもそもタンポポは春の植物だ。
とは言っても、秋になり涼しくなれば咲くかもしれないと期待していたが、未だに葉っぱだけの株のままそこにある。

私は近頃、ベンチから2メートル程先のアスファルトの隙間に生えるタンポポの葉を見ると、寂しい気持ちにさせられた。

花が咲かないからじゃない。

私の当たり前にあった日常のひとつが失われてしまったからだ。

もしもそこに季節外れのタンポポの花が咲いたなら、用務員のおじさんと一緒に見ながら、いつも通りの世間話をするのだと思っていた。
しかし、突然その機会は失われた。
もう二度と、用務員のおじさんと一緒にこのベンチに腰掛けることはない。

 
秋も深まり、冬の気配を感じさせる肌寒い風が吹き始めた。
相変わらず私は一人でこのベンチへと座る事が多かった。休憩時間の60分間はこの空間の主となっている。

ここへとやって来るのは、虫か爬虫類か鳥が大半だ。いつも一人で気楽に過ごしているが、何かしら命あるものが私のそばにやってくる。そしてその日は珍しく黄色い蝶が飛んできた。

黄色い蝶は、花のないタンポポの葉っぱの周りをひらひらと遊ぶように飛んでいる。
こんな寒い時期に蝶々が飛ぶのかと不思議に思いながら、しばらくその様を眺めていた。

「あなた、生まれる季節間違えた?」

黄色い蝶に尋ねると、彼女は応えるかのように私の元へひらひらと飛んできた。

蝶々は怖がることもなく私の傍をふわふわと舞うと、再びタンポポの葉の方へと飛んでいった。

花のないタンポポの葉に黄色い蝶々が止まったなら、疑似タンポポみたいで面白いだろうな、と期待しながら暫く見ていたが、そんな奇跡は起こることもなく、ただ蝶々は花のないタンポポの株の辺りをひらひらと飛び続けていた。

蝶々はしばらくそうしてから、まるで手を振るかのように、ひらひら空へと飛んで行った。

「バイバイ」

と、手を振られたような気がしたので、

「ありがとう」

と、私も手を振り返した。

 

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