平和で優しい世界
私は最近メダカと共に暮らしている。
毎日メダカの水槽を見ては癒されている。
メダカの世界では、産まれたての稚魚は、親メダカと同じ水槽に入れておくと、餌と間違えて食べられてしまう悲劇がある。
私は2日前、メダカの水槽を眺めて癒されていた所、いつの間にか孵化していた稚魚がいることに驚いた。
水草に卵が産み付けられていたことに気付かず、親メダカと同じ水槽で孵化してしまったその子は、私の目の前で親メダカに食べられてしまった。
一瞬の事だった。
ショックのあまり私は、
「ろくでなしー!!」
と、水槽に向かって叫んだ。
その叫びで息子と娘が何事かとやってきた。
「どうしたの!?」
「メダカが赤ちゃんを食べちゃった!」
目の前で超短編ホラー映画を見た気分だ。
私は、自己嫌悪に陥った。
さっき親メダカをろくでなし呼ばわりしたが、そんな状況にさせてしまった私が悪いのだ。産卵した水草に気づかず、別の入れ物に入れておかなかった私の落ち度だ。
これは監督不行き届きだ。
「水草に卵があったんだよ。別にしておこう!」
過ぎたことは仕方がない、これからどうするかだと、息子は言った。
私達は水草を別の入れ物へと移動させた。
水槽を見ると、いつも気になる黒い貝のような生き物が何匹かいる。
それはスネールといって、水質を安定させてくれる良いところもあるが、繁殖能力も高く、余りにも増えすぎると水質のバランスが悪くなるらしいのだ。
スネール。
口に出して言ってみると、とても不吉な響きに聞こえて仕方がない。
スネール。
それは、闇の世界の使者が唱える黒い呪文のようだ。
日々増えていくそれを、私は駆除して駆除してやってきた。
私は頻繁に水槽の水換えをしているのだが、なぜか2日もすれば、スネールは増えている。
その繁殖能力のすさまじさは、私を恐怖に陥れる。
繁殖能力が高いということは、スネールを水槽で放置したら、このメダカの水槽は、スネールに侵略されてしまうだろう。
主役のメダカがエキストラに成り下がってしまうのだ。
そんなことは、ゼッタイユルセナイ・・・!
私達はすぐに水換えをした。
ろ過装置も水槽もキレイに洗い、オーナメントも洗った。岩に水草が生えているオーナメントの岩の色は黒だ。洗った時、スネールが何体かくっついていた事実を知って鳥肌が立った。
私はこの日、2回も超短編ホラー映画を観た気持ちを体験したのだ。
それから2日後の今日、別にしていた水草の入れ物からは、5匹のメダカが孵化していた。
ついに、メダカジュニアに会えたのだ。
5匹の赤ちゃんメダカは、2ミリほどの大きさで、なかなか見つけることが難しい。
よく見ると、目の黒さで発見できる。
しっぽをピコピコ揺らして赤ちゃんメダカは一生懸命に泳いでいるのだ。
とてもかわいい。
でも、その中には、いなかったはずのスネールも孵化していた。水草に、スネールが残した卵も付いていたのだろう。小さな黒い赤ちゃんスネールがいくつかそこにいる。孵化した赤ちゃんメダカよりも多い数だ。
ゾッとした。
スネールは、メダカの餌を横取りして食べたりする。そして腹を満たし、種を増やそうとその繁殖能力をフル活用するのだ。
このままそこにスネールを置いていたら、赤ちゃんメダカも間違えて食べられてしまうかもしれない。
私はそこにいる、悪魔にしか思えない黒いスネールを、わかる限り始末した。
スネールはその抜群な繁殖能力でメダカの世界を乗っ取ろうとしている。
これは、何とか私たちが警備しなければ、メダカの世界が、スネールの世界になってしまう悲劇が待っている。
私は決意した。
スネールを、1匹残らず駆逐してやる! と。
大きな水槽には、親メダカさんたちが優雅に泳いでいる。小さな入れ物には、赤ちゃんメダカが、頑張って生きていこうと新たな生命を輝かせている。
早く、赤ちゃんメダカが餌に間違われないほどに大きくなり、親メダカさんとご対面させてあげたい。
日々メダカの世界に浸り、メダカに癒されている私は、妄想の中でメダカになりきり、その水槽で伸び伸びと一緒に泳いでいる。
その世界は、平和で優しい世界であってほしい。その為に、私は日々戦おう。
メダカが幸せに健やかに過ごせることを祈るばかりだ。