若造カラス
昼休み、いつものように自然豊かな屋外北側のベンチへと向かった。その道中、厨房の外に出されたゴミ袋が何者かによって荒らされ、ゴミが少しだけ散乱しているのを発見した。誰の仕業かと見上げれば、石垣のフェンスの上に一匹のカラスが止まっていた。
きっとアイツの仕業に違いない!!
私はカラスに憤りを感じながらも違和感を覚えた。そのカラスには、本来あるカラス独特のふてぶてしさが半人前に見えたのだ。それにそのカラスは、以前ここに遊びに来ていたカラスに比べると小ぶりだった。毛並みも黒々としていて艶がある。なんとなく、まだ若いカラスだと予想できた。そういえば、以前ここに来ていた大きなカラスを近頃は見なくなった。もしかするとこの若造カラスは、そのボスカラスの子供なのかもしれない。ボスカラスが最近ここへと来なくなったのは、安全な餌取りスポットを、狩りが未熟な我が子へと譲った為なのかもしれない。カラスの親心。愛。私は勝手な妄想をして気分が良くなった。
いつも通りに木製のベンチの定位置に腰かけると、鞄からおにぎりを取り出した。朝、子供達の弁当のおかずの残りを芯として豪快にぶちこんだものだ。炊き込みご飯で握られた核の部分には、唐揚げとしらす入りのだし巻き玉子ときんぴらごぼうが入っている。他人が見れば下品とも取れる残り物おにぎりだ。私はそんな家庭の生ゴミにもなり得るおにぎりが好きだ。最近、おにぎりは下品で豪快であればあるほどに美味いと気づいた。それに便利だ。おにぎりにすることによって箸要らず。左手におにぎり、右手にスマホと、時間が有効活用できるのも、弁当箱を使わないおにぎりの魅力だ。
うまいな。この下品なおにぎり・・・。
春の風に吹かれながら気分良くそれにかじりつくと、何やら視線を感じてふと見上げた。
先程の若造カラスが、石垣の上のフェンスに止まったままそこにいる。私は気にせず一口二口とおにぎりに食らいついた。再び視線を感じて若造カラスを見上げた。目は合わないが、私の野生センサーがビンビンと反応した。どうやらあちらも私の存在を気にしているようだ。
若造カラスは腹ペコだと思われる。
先程の、控えめに散らかしたゴミ袋の中には空腹を満たす食べ物は無かったのだろうか。それとも、ゴミ袋を漁りきれぬうちに身の危険におののき高いところへと逃げたのかもしれない。ヤツは私のおにぎりを食いたそうに、まるで片想いの相手をこっそりと盗み見るような視線を飛ばしてきた。
私は、おにぎりの核からピュっと飛び出したきんぴらごぼうを抜き取り、炊き込みご飯の塊と共に若造カラスに投げてやろうかと考えた。もしも腹ペコの若造カラスが私のおにぎりを狙って攻撃してくるぐらいなら、最初から白旗を振って『これをあなたに分けてあげるから仲良くしましょうよ』という平和な世界線へと進みたかったのだ。
しかし考えた。
人間の視点からして、餌付けは良くない。
若造カラスの親の視点となってみても、簡単に餌にありつける環境にて我が子がぬるま湯に浸かることなんて、果たして喜ぶのだろうか。餌を分け与える行為は、若造カラスにとって、優しさとは言えない気がした。
私は心を鬼にして、下品なおにぎりを一粒残らず自分の胃の中へと収めることにした。
突然、バサッ!! と若造カラスは飛び立った。私は恐怖に身体を強ばらせ警戒した。
若造カラスは先程の散らばらせたゴミ袋の前に降り立つと、ゴミを漁り始めた。
よし。それでいい。その調子!!
今のうちに早く! なんでもいいから食べちゃいなさい!!
私はゴミを漁る若造カラスを好きにさせ、見てみないふりをした。
そんな時に限って、遠くから人間のおじさんが陽気に口笛を吹きながらやってきた。極寒の時や猛暑中には来ないくせに、春の気持ちの良い気候になれば都合良く人間達は一人二人とこの空間へとやってくるのだ。
おじさんの姿を感じた途端、若造カラスは逃げるように空へと飛び立っていった。
「アチャ〜! こりゃ大変だ!!」
おじさんは厨房の扉をノックし、カラスがゴミ袋を漁っていたと中の人間に教えてあげていた。
厨房からおばさんが二人出て来て、
「あっら〜! まあ~!!」
すっとんきょうな声を発した。
気の毒だが、無防備なゴミ袋をここに置いておく人間も抜けているのだ。
「ゴミ袋に黄色い編を張るといいよ」
第一発見者気取りのおじさんは、厨房のおばさん達に、カラスは黄色が苦手だからと本当か嘘かわからないアドバイスをしていた。
若造カラスは、地球上で安全に胃袋を満たし生きていく事に、難しいと感じただろうか。その後餌にありつけただろうか。あのゴミ漁りのビビり具合では、腹一杯とは難しいだろう。
厳しいようだが、この先も私は餌を分け与えるつもりはない。それは彼のためにはならないからだ。それに、私の座るベンチの隣に座られたり、肩や頭に人懐っこく止まられ糞でも落とされたら困る。あの硬そうなくちばしで頭を突っつかれでもしたら流血は免れないだろう。やはり彼との距離感は大切だ。
私にとって、言葉の通じないカラスは敵でも味方でもない。同じ地球上の生命体同士というだけだ。私は、その存在を怖いと思いながらも、彼と友達になりたいと願う複雑な感情を抱いてしまった。
再びめぐり会えた時、若造カラスが一皮めくれてカラス独特のふてぶてしさを身にまとっていたならば、カー! とカラス語で話しかけてみようかと思う。遠くから。
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