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大工さんへ

拝啓 
 冷たい風が吹く厳しい寒さとなりましたが、あなた様はとても元気そうですね。
土曜日の朝八時から上階で工具を使い騒音を発している大工さん。
今日もあなた様はお仕事なのですね。
私はこれから二度寝を楽しもうとしていたところでした。昼からは予定があるので今日は昼寝が出来ません。なので二度寝を楽しもうとしたのです。待ちに待った休日の朝早起きをし、やるべきことを二倍速で済ませ、さあこれから二度寝という至福を味わおうとしていた矢先、あなた様の仕事が始まりました。
ウイーンだとか、ドンドンとか、ギー、ギー、だとか。そんな音が天井から響いてこれば、私は二度寝なんて出来ません。
大工さん。確かあなた様は月曜から金曜も毎日上階で仕事をされていましたよね。子供達が言っていました。大工さんは17時になったら静かになると。
なんだかごめんなさい。失礼な言い回しをしてしまいました。17時まで頑張ってお仕事をされているのですね。平日もお仕事をされていて、土曜日までお仕事。六連勤じゃないですか。お身体は大丈夫ですか? この音を聞く限り、あなた様の仕事ぶりは『誰も見てないから少しはサボろう』という卑怯者の音が感じられないのです。

あなた様の騒音は私の二度寝を邪魔しました。正直、土曜日ぐらい休めよとイラつきました。
あなた様が上階で仕事をするということは、近々新たな住人が引っ越しをしてくるということなんですね。その仕事の追い込み具合を見ると、年内には上階に誰かが住むのだと予想されます。正直、私の中のトラウマが爆発しそうです。とても恐怖です。前の住人が上階に住んでいた頃、私は不眠に悩まされました。夜中、丑三つ時に何やらバッタンバッタンと規則的な音が鳴り響いてくるのです。こんな丑三つ時に一体何の音なのでしょう。毎日その奇妙な音に私は睡眠を妨害されたのです。その規則的な音は早くなったり遅くなったり。そのうち子供らしき足音がバタバタと廊下を走る音が響き、おもちゃの車を走らせたり、スーパーボールを床に叩きつけるような、パーン、パン、パン、パ、パ、パパパパパン・・・。という音が何度も何度も。それが毎日続いたのです。

ある日、あまりにも酷すぎる騒音に家族全員が目を覚ましました。
丑三つ時です。確か上階の家族は四人でした。しかし四人の人間が発している音ではありません。体感では八人の人間がダンスパーティーをしているように思えました。

許せない・・・。

私の怒りは最高潮に達しました。
『ちくしょう! あいつら、ピンポンして説教してきてやる!!』
睡眠不足はイライラを増長してしまうようです。私は玄関から飛び出そうとしましたが、ぐっと堪えました。
『やめたほうがいい! 絶対やめたほうがいい!』と、息子が止めたからです。腹の虫が収まらない私はほうきを持ち出し、枝の部分で天井を突っつきました。『いい加減にしてくれ!』と言いながら。多分、鬼ババアの形相だったに違いありません。八人のダンスパーティーは、四人のダンスパーティーぐらいには静かになりました。

それからしばらくし、上階の住人がいつの間にか引っ越しをしていき、静かで平和な日々を送っていました。
しかしあなた様が現れた。ということは、あなた様は上階のフロアを修繕しているということですね。つまり、また新たな住人が引っ越しをしてくるという事実を思い知らされたのです。
ごめんなさい。あなた様には関係のない話ですよね。あなた様の仕事を頑張る音が、私のトラウマを呼び起こした、ただそれだけなのです。
もう二度寝は諦めました。ただベッドに横になっているだけで私は幸せ者なのだと感じられるのです。私は五連勤。あなた様は六連勤。二度寝ができない私なんかよりもあなた様のほうが辛いはず。愚痴を言ってしまってスミマセン。私、子供でした。

私の亡き父も大工でした。納期が迫っていたなら夜なべをし、土曜も日曜も仕事に行っていたことを思い出しました。
大工さん、あなた様は昼休憩を三十分で済ませましたよね? あなた様の職人魂に、私は亡き父を思い出したのです。
あなた様の立てる賑わしい音は、私にとって、温かい思い出の音に変わりました。トラウマの音を越える音です。とても懐かしく、愛しい音です。
大工さん、読まれない手紙を勝手に書きましたが、私はあなた様のうけた仕事が納期中に終わることを祈っています。
くれぐれもお身体を大切に、今夜あなた様が良き夢がみられるよう心から祈っております。
                 かしこ
                                                            

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