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殺しの才能とはなんだろうか?

リコリス・リコイル。
話が佳境に入り、8話で千束ピンチ、走れたきなという
引きで以下次回。ドキがムネムネします。

さて、吉松氏が何かと言えば千束は「殺しの才能」がある
と言い続けています。
さて、殺しの才能とはいったい何か。
そうです。才能を贈り出さないといけないと言われますが、
暗殺者の光が当たる時点で暗殺者は使いものにならんやろと
ツッコミ入れちゃいます。
ヤクザの鉄砲玉とやることは変わりません。
歴史を動かす銃弾を撃つのは、意識高くなったテロリストくらいです。吉松氏、実はゴル○13にどハマりした挙句に
口走った妄言ではないかと思いたくなります。
すごい、暗殺者ひとりでターゲットを消すことが可能なら、
合衆国、ビンラディンひとり始末するためだけに苦労する
必要性はないはず………おっと脱線。

リアルと虚構が混ざりかけました。
さて、リコリコ作中の千束さん。殺しの才能どころか
人を殺してません。当たりどころが悪くて死んだ人は
いる可能性はありますがノーカンにします。

いったい全体「殺しの才能」ってなんだと思った時、
旦那(めっちゃミリオタ)が言いました。

「なんの抵抗もなく引き金を引くことができるていうのは
すでに才能だろう。」
「だったら、リコリコリスはみんなそうじゃないか。」
「千束は、それ合わせて弾避けとかスペック高いし、電波塔での実績混みじゃねえ」

なんの抵抗もなく銃の引き金がひける。

いや、創作世界なんだからそうだろうと思ってたのですが、
よくよく考えると、人は人を殺さないと本能に逆らうわけなので、引き金の軽さは異常だと思います。

実際の軍隊や警察でも人に向けて引き金を引くことに
忌避感を無くさせるために様々訓練をするし、銃を撃った人間へのメンタルケアは重要で。

さて、リコリコ世界。千束さんは非殺傷弾を使って急所を
外して相手を撃ちます。人の時間を奪いたくないと言いながら
当たりどころが悪いと死ぬかもしれない弾を使ってます。
引き金を引くことに躊躇しません。

ミカさん、訓練教官としてちゃんと仕事してます。
千束は引き金を躊躇なくひけるメンタルになってます。
あとは実弾入りのマガジン渡して殺しをさせれば完成です。

しかし、ミカさんは千束の意志を尊重、それ以上は先に
進めません。

娘がわりに接する内に情が湧いたというところと思いますが、ひとつ仮定するとしたら、ミカさんは正規の軍隊教育を
受け、あちこちの戦場を渡り歩いているはずです。

世界各地の紛争地域がありますが、最近では子どものAK持たせて戦う連中がいます。とてもじゃないがひどい有様です。
現実を知るミカ。たぶん、子供を兵士にするやり方に嫌悪感があるのではと思います。リコリスの教官、仕事のために
割り切った行動するが、楠木さんのやり方をよく思わず
千束を連れてリコリコへという流れではという解釈。

対して、千束を見出した恋人のシンジ。
彼は、ただの狂信者で戦場の現実は見えない人間。
ただ、無邪気に神のギフトとか言ってキャキャしてるだけ。
彼は出来上がった千束を見届けにリコリコに来たと
思います。あいつ、もとい吉松氏は人の心はないのでしょう。
中世ヨーロッパの異端審問よろしくミカをコントロールしようとするに違いないのです。

失礼、吉松氏、ディスりました。

結論
殺しの才能なんて存在しないのです。殺しの才能を言うなら
ハンニバルレクターさんの方がふさわしいと愚考しま。

躊躇なく引き金がひける人間。それようの訓練をすれば
なんとでもなります。そんなことなのです。

最後は語彙力がつきました。
以上でリコリス・リコイルの8話までの考察にしたいと思います。


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