「仮住まい」(創作怪談その1)
気が滞る場所は、霊が集まりやすい。なんて話を、たまに耳にする。窓が無い空間、風通しの良くない所なんかは、そうらしい。
友人Aは、霊感と言う程ではないが、勘が鋭く、普通の人には分からない「気配」を感じる事が、たまにあるという。
いつ頃からこの能力があるのか定かでは無いそうだが、神経が昂っていると、より感じやすくなるらしい。
「幽霊を見たとかじゃ無いんだけど…」
それは、Aが中学3年の頃。当時A一家は、新居が出来る間の仮住まいとして、古い木造家屋に住んでいた。
3人家族が住むには広すぎる位の一軒家。だが、所謂「老築」というやつで…遠目には分からないけれど、よく見ると壁に大量のヒビが入っていたり、床や柱も傷んでいて、家の中は常に、ギシギシと軋んでいたそうだ。
とんでもない家だな…と思いつつも、新居が出来るまでの辛抱と、Aは何とか割り切って、生活していたという。だが、そうして過ごす内、次第にAは、「これって学校でネタになるんじゃないか?」と考えるようになった。
ひと昔前の漫画で見るような「ボロ屋」なんて、ネタ以外の何物でもない。早速、学校で同級生に話すと…これが予想以上に大ウケで、味を占めたAは、舐めるように家の中を見ては、「ネタになりそうな所」を探すのが、楽しくなっていたそうだ。
最初こそ、トイレの壁のヒビからムカデやミミズが出てきたりだとか、雨が降る度にどこからともなく水が漏るとか、奥の部屋に黒い人の気配を感じる事に慣れなかったけど…
「ま、待って…え?…黒い人って…」
「ん?ああ…そうそう。でも、俺以外誰にも見えてないっていうか…そこに居るだけで、何もしてこないんだ」
話の流れでさらっと、不気味な描写を入れ込んでくるAの語り口調には、未だに慣れない。が、僕は話の続きに耳を傾ける。
「まあ、とにかく…楽しく過ごす術を、子供ながらに身に着けたんだ。クラスメイトも面白がってくれて楽しかった、だけど…」
翌年、中学を卒業し、地元の高校に入学したAを待ち受けていたのは、予想もしていなかった人間関係のトラブルだった。相手は同じクラスの女子B。
授業中にも関わらず談笑しているBに正論をかまして以降、因縁を付けられ、すれ違いざまに酷い悪口を言われるようになった。
Aはさして気にはせず…「どうせ飽きてやめるだろ」と楽観していたというが…誰かが教師に報告したのをきっかけに、学校側が大問題だと捉え、かなり深刻な事態となったらしい。
「しょうもない」と感じるレベルだったから、別にここまでしなくても…と気が引けたが、話し合いの末、B側が慰謝料を払う事で収まった。
Bの家は地元でも裕福な方で、トラブルの火消しも兼ねていたからなのか…結構な額だったらしい。そしてA一家は、そのお金で一軒家からアパートへと、住まいを移したそうだ。
「なんか、すげーな。で、その後は何事も無かったの?」
「う~ん、…それが…」
急に、Aの声が沈んだ。
「…ただの、古い家だったのに…違ったんだ」
「違うって、何が?」
「なんていうか…俺が感じてたのってさ…」
アパートに越して1か月経った頃。一軒家での出来事を、笑いを交えて話していた時、Aは「朝も夜中もずっと家がギシギシ鳴って、ホラー映画かと思った(笑)」と何気なく口にしたのだが、その途端に両親の顔色が変わり、
「…そんな音、聞いてないけど?」
と、返してきたそうだ。
そんな筈はないと何度も説明しても、両親は聞いてないの一点張りで、むしろ「古い割には、しっかりした建物だ」…ぐらいに思っていたという。誤魔化している口振りでもなく、本当に、何一つ聞こえていなかったのだ。
「それって…さっき言った黒い影のせいじゃないか?」
「……そうなのかな…」
後になって、あの家はもともと、B家の持ち物だと、親から聞かされたそうだ。
元々アパートを仮住まいにする予定だったのを、どこから知ったのか、B家が地元の不動産屋を介して勧めてきたそうで、古くからの先住者であるB家の話を断ったら、その後の生活に支障が出るかも…という心配から、Aの両親は話を受け入れたのだという。
A家は移住者で、当時、地域の中でもまだ「新参者」という立ち位置だった為に、そうせざるを得なかったのだ。
「その時から、目を付けられてたのかもな…」
思い返せば、窓も水場にあるのみで、常に湿気のどろっとした空気が充満していたらしい。冬場も暖房が無いのにジトジト汗ばむほどで、その不快感から、気も立ち易くなっていた。
実際、学校でネタにして楽しんでいた一方、家の中では些細な事で家族同士の口喧嘩が増え、A曰く、口論に達する時、思春期のそれとは違う、深い憎しみのような感情に駆られるそうだ。ムカつくとかウザいとは違う…もっと恐ろしいもの。
このまま家族がバラバラになってしまったら…そんな不安を強く感じていたというが…その不安は、Aを思わぬ方向に駆り立てた。
「俺、ホントは人に強く言える性格じゃないんだ。だから、あの時何でBに言及できたのか、今でも分からない」
その後、Aが新居での生活に慣れたのと同時期に、Bはいつの間にか学校を辞め、一家でどこかに引っ越したらしい。
「B家の自業自得だな…」
「かもな。あと、この間、中学の同級生に聞いたんだけど…新居を立てる前、皆あの家に住んでたらしいんだ。全部、他所からの移住者。でも、突然いなくなってしまうんだ。」
「…それって、Aと同じような体験したから…」
「どうかな。皆、居着かないんだよね…」
Aが見た黒い影の正体も、B家の思惑も分からない。だが、話を聞く限り、移住組を良く思わないのを理由に、遠回しに嫌がらせをしていたのだろう。
「なあ、こんな話でよかったのか?オチも何も、大して無いんだけど…」
「ああ、大丈夫!こちらこそ、話してくれてありがとな!ちょっと名前とかは脚色はするけど…」
「そうだな、頼んだ。怪談師、だっけ?がんばれよ、じゃあな」
「ああ、また電話するよ」
不可解な体験の多くは、原因も謂れも明確ではない。
そこに色を加え、巧みな話術で聞き手の心を揺さぶり、恐怖を煽るのが、僕の今の仕事。
「まあ、今回のネタは中の下くらいかな~、さて、と…」
ベランダの床にタバコを押し付け、戸に手をかける。
開けた途端、湿気が体に纏わりついた。
「やけに暑いな」
冬が近いというのに、何故か部屋の中が蒸している。どろりとした空気に、鼻孔と口を塞がれる。暖房は付けていない。
「暑い、暑い…暑い!」
何だろう。
無性に腹が立つ…
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