あらゆる価値観は、その存在が許されているだけであって正しいわけではない
年末から年始にかけて、ドラマ『鈴木先生』を見ていました。土屋太鳳ちゃんが、テレビ東京で正月ドラマの主演をするということで、過去に出演していた同局のドラマがTVerで一挙配信されています。その中にドラマ版の「鈴木先生」があったので、何となく見始めて、ハマってしまいました。
中学の国語教師である″鈴木先生″が担任する2-A組をはじめとする生徒たちと、日々学校で起こる問題に向き合い、独自の教育理論によって解決していく物語です。
noteのタイトルは、劇中、主人公である鈴木先生のセリフです。
私は学校で勤めたことがないので、実情は分からないし、ドラマと現実で乖離している部分も多々あるのかなーと思いつつ、ドラマを見たり漫画を読んだりしていたのですが、このドラマや漫画で描かれている題材や場面というのは、結構私たちの日常でも起こりうることだと思っていて、例えば意見が対立したとき、自分と意見が違う相手の人格を否定してまで自分の意見の正当性を押し付ける、といった場面が多く描かれています。
それは違うよね、いろんな価値観があるし、それはそれで良い。ただ、一つひとつの価値観は、その存在が「許されている」だけであって、「正しい」わけではない。ある一つの価値観が、例えば、その価値観が多数派だからといって、少数派の意見を笑ったり、頭ごなしに否定することはあってはならないことなんだ。ということを鈴木先生が言っていて、なんだか胸がチクチクするような感覚になりました。
ここ1年、自分の主張を押し通したり、イライラをぶつける人を見かける場面が増えました。多分、コロナ禍で、制限が多くて思い通りにならないことが増えたから、社会全体としてそういう状況が増えてしまったんだと思います。
多分知らず知らず自分もそういうことをしていたことあったんじゃないかなと思います。仕方がないこととはいえ、ここ数ヶ月間ずっとその状況を目の当たりにしていて、その状況に辟易している自分には、「鈴木先生」の内容が私には刺さったのだと思います。
あと個人的には、性教育を題材に扱っている回は面白かったなと思いました(ドラマでいうところの1、5、6、9、10話あたり。)内容の是非は見る人によって、賛否両論あると思うのですが、そういう考えや見方もあるのか、結構新鮮だなと思いました。
単なる学園ドラマかなーと思って見始めましたが、自分の在り方を問われているような気がして、背筋がピンと伸びる日々でした。