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映画『東京クルド』

2021年5月、入管法改正案が廃案となった。
『東京クルド』は4月に完成したばかりだということだが、世の中の関心が高まっているこのタイミングでの緊急公開に踏み切ったのだろう。

本作品の主人公はラマザン19歳とオザン18歳(いずれも映画初登場時の年齢)。2人とも幼い頃、親に連れられて日本にやってきたクルド人で、『東京クルド』は、日向史有監督が彼らを5年間に渡って追い続け、記録した作品だ。

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彼らの身分は「被仮放免者」。「仮放免」とは、「既に退去強制されることが決定した人や退去強制手続中の人が、本来であれば入国管理局の収容施設に収容されるべきところ、様々な事情により、一時的に身柄の拘束を解くこと」をいう。 
日本の難民認定率の低さは広く知られるところだが、クルド人に関しては、これまでに難民として認められたケースはゼロだ。

20年近く前の法務委員会でも厳しく追及されたことだが、かつて法務省研修教材の中にこのような趣旨の記述があったという。

「同じ難民としての条件を備えた外国人でも、非友好国の国民の場合は『難民認定は比較的自由に行える』としながら、友好国の国民の場合は『やや慎重にならざるをえない』」

当時の法務副大臣は「引用されたような意味に誤解されかねない表現をしたものがありますので、適当でないため、その後の改訂の機会に訂正をいたしました」と答弁している。つまり、「教材」の中で同様の表現が確かになされており、それが法務省内で共有されていたということだ。

現実を見てみると、この削除された方針、つまり「人命より外交優先」が根本姿勢としてあり、判断に大きく関わっているとしか言いようがない。現在に至ってもなお。

日本の難民申請者に対する非人道的な措置に対しては国際社会からもたびたび批判されているが、基本的には何も変わっていない。
先月廃案になった改正案(改悪案)が案として出されること自体が、そもそも多くの国民の間で薄く広く共有されている意識の表れと言うしかない。
つまり、「外国人を入れるとこの平和で安全な環境が壊されるかも知れない、日本人だけの方が安心だ」という意識だ。
この薄く広く共有されている意識が世論を形成しており、難民申請者の人権を侵害し続けている。

・・・しんどい。『東京クルド』鑑賞直後に、どんよりと曇った気持ちでいたところ、「どうだった?」と尋ねられ、咄嗟に出た言葉だった。しんどい。
これを書きながらも気が重くて仕方がない。

ラマザンとオザンがそれぞれ公園でカメラを向ける監督と話すシーンがある。背後では日本人がキャッチボールをしたりして遊んでいる。
国籍があり、国に安全を保証されている。疑いもしなかったこの当たり前の前提が、彼らにはない。
夢を抱き、実現のために頑張る。私が当たり前のように立ったそのスタートラインが彼らには与えられていない。

年齢の近い2人は、置かれた状況に苦悩しながらも、対照的な姿勢を見せる。

ラマザンは、複数の言語を理解することができる能力を活かし、通訳・翻訳の仕事をしたいと夢見る。障壁があらわれると、乗り越えるため策を即座に考え始める。「いつか在留許可が得られた時にしっかり働けるように」と、おかれた状況の中での最適解を導き出し、諦めずに自分にとってできる限りのことをする。

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オザンは、「自分には価値がない、ダニ以下の存在」と苦悩する。ISと戦うクルド人の動画を見ながら、「戦う勇気もないし、ここにいても辛いだけだし、居場所がない」と無気力に呟く。

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それぞれの家族との関係性も、2人の姿勢に大きな影響を与えているように思える。

ラマザンの両親は彼の将来を案じ、積極的に関わっていく。オープンキャンパスに同行したり、教育を受けることの重要性を説いたりする。

一方オザンは両親とのコミュニケーションがうまくいっていないように見える。彼の父親は入管に2年間収容された経験があり、そのことが家族にも大きな影響を与えているのかも知れない。
皆、不安でたまらないはずだ。「親父があんなじゃなかったら、こんな風になってないですよ」。

ラマザンがオザンに「能力があるのにもったいないよ」と声をかけるシーンがある。作品中でオザンが唯一、「嬉しい」と喜びを表現した瞬間だった。
自分の存在価値を疑うことは、簡単に絶望へと結びついてしまう。価値ある存在なのだと他人に認められたことが、この時オザンを一瞬救った。

日本で育ち、「日本で働きたい」という意思を持ちながらも、「不法滞在者」として扱われ続け、それでも諦めずに進んでいくラマザンはとても稀有な存在だと思う。
きっと、オザンのように暗闇でもがいている人がたくさんいる。

「帰ればいいんだよ」入管職員はオザンに対して、嘲笑まじりにこう言った。
どこに帰れというのか。6歳で日本に連れられ、12年以上も日本で過ごしているのに。日本で教育を受け、日本での生活しか知らないのに。

ラマザンという人、オザンという人が、この国にいて、どんな風に生きているのか、ということを知ってほしいと願い、これを書き殴った。

7/10(土)より、シアターイメージフォーラムなどで公開される『東京クルド』、多くの人にぜひ観てほしい。


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