Serdar Cananコンサート@Wan
今夜はコンサート本番。
リハーサルとサウンドチェックのために会場へ向かう。オープンしたばかりの施設で、美術館、イベント会場、レストランなどを有する。その施設の屋外スペースにステージと客席が設置されていた。
しばらくするとチェリストのルシェンが到着。長身で、とてもにこやかな紳士。自分のスタジオからYAMAHAの電子ピアノを運んできてくれた。
サウンドチェックを始めるものの、なかなかうまくいかない。「トーンマイスター」を名乗る人物が全く機能していないのだ。
そうこうしていると小雨が降ってきて天気が怪しくなってくる。トーンマイスターが、もう少し時間をもらえたらなんとかなるというので、その間、セルダルは一度楽屋へ着替えに帰った。
すると、その瞬間にドカーンと大雨が落ちてきた。楽器をケースに入れ、ピアノにカバーをかけ、音響機器にもカバーをして、いったん我々も楽屋へ引き上げる。お客さんはみんな自分の車に避難。全員びしょびしょだ。
これはもう中止か、という話も出たが、館内で開催されていた展覧会が本日は終了したということで、お客さんに館内へ移動してもらい、ミニマムの設備でやろう、ということになった。
急遽、館内にステージが設置され、お客さんも集まってくる。後から聞いたところ、車が2台ほど会場を去ってしまったが、ほとんどのお客さんは残ってくれていたそうだ。
セルダルが皆さんにお詫びの言葉を述べ、この悪環境の中でびしょびしょになりながらも残ってくれたことに感謝を伝える。
急場凌ぎで作られた音響は本当に最悪で、ピアノはリバーブが効きすぎているし、モニターがないので自分たちの音もよく聞こえない。
それでも、そんな中でも、セルダルの声は強い説得力をもって物語を奏でていく。
優しい子守唄、歴史上人物の伝記、愛の歌、、、これまでのレパートリーに加えいくつか新曲を披露。
特に初披露となったDarê Landîke、Hay Şengêは、会場からの歓声もより大きく、こちらへ飛んでくるエネルギーもとても大きかった。
結局ほとんどリハーサルができなかったにも関わらず、卓越した技術で、時に骨格を作り、時に寄り添うように、演奏を聴かせてくれたルシェンにも心底感動させられた。
そんなルシェンがポロッとセルダルに言ったらしい。
「セルダル、僕は演奏できない」
「え、なんで?!」
「あなたの声に聴き入ってしまうから」
セルダルの声は、そういう特別な声だ。ひとたびその声を生で聴くと、もう尋常ではいられなくなる。
13曲、たっぷり演奏して終演。終演後は全員がセルダルの元へやっていて、写真撮影を求めた。私のところへもたくさんの人が「本当に素晴らしかった!」と言いに来てくれた。
完全に心を打たれた時、その気持ちを伝えずにはいられなくなる、そういう感情が会場全体に満ちていた。
大雨に遭ってしまったことや時間が大幅におしてしまったこと、思っていた環境でのコンサートではなかったことへの不満は、微塵も残っていないことが明らかだった。
私は自分がどれだけ幸せな気持ちでいるか、伝える言葉を見つけることができなかった。ただもう、嬉しくて、高揚感がずっと消えなかった。