常味裕司さんウードソロライブの記録
1ヶ月ほど前、常味裕司さんのウードソロライブに伺った。
常味さんといえば、業界ではその名を知らない人はいない、日本のアラブ音楽界における大家だ。
ちょうど2年前のこと。
ガッサーン・カナファーニーの戯曲が下北沢の劇場で上演されていた際に、劇中歌として常味さんの生演奏があった。
カナファーニー目当てでの観劇で、常味さんの演奏に遭遇できたのはまさに僥倖だった。
なんと艶やかな音を奏でる人だろうという印象を強く受けたことをよく覚えている。
さてそれ以来、常味さんのCDを購入し、「いつかライブに行きたい」と思いながら、それが実現したのが先日のこと。
月一の定例ライブとして設定されていると思われる、ある水曜夜の公演だった。
常味さんほどの方のライブとしては驚くほど観客は少なく、それが日本でのアラブ音楽の浸透度合いをよく表していた。
しかし、おかげで、と言っていいものか、奏者と観客とが対話しながら進行された、とても贅沢な時間になった。
その日は3本のウードが用意されていた。
それぞれ調弦が異なり、曲によって使い分けられている。
うち1本は常味さんの師匠であり、伝説的ウード奏者であるアリ・スリティ師から譲り受けたものだという。
メインで演奏されていたウードは、エレガントで凛とした響きを持っており、
それに対してアリ・スリティ師のウードは、どこか「ゆっくりと滅びゆく様」のようなものを内包しているようで、その音色は殊更に悲哀を帯びていた。
前者が「奏者の声を代弁する音色」、後者は「奏者自身の声」、そんな風に感じた。
演奏された曲目は幅広く、初めてアラブ音楽に触れる人が聴いてもその醍醐味を感じられたのではないかと思う。
その中でも、どうしても書き残しておきたいのは、「Kull Da Kan Leh」という曲のこと。
「私の人生に起こったすべてのこと」という意味で、ムハンマド・アブドゥルワッハーブというアラブで一番有名な作曲家が作ったものだ。
実は常味さんはこの曲の演奏によってよく知られている方で、「Tariq タリーク 道」というアルバムにも収録されている。
(2007年NHKスペシャル新シルクロード〜激動の大地をゆく〜のオリジナル・サウンド・トラック)
この曲はTariqで聴いていたし、YouTubeでも拝見したいたのだが、生演奏は別物だった。
ウードという楽器はこれほど雄弁なのか。
人生の喜びや悲しみが言葉よりも克明に語られ、物語が立体的に浮かんでくるような感覚だった。
息も忘れるほどのひと時だった。
この後、日常世界に戻れるだろうかと心配になったほど。
あれから1ヶ月経った今も、TariqのKull Da Kan Lehを繰り返し繰り返し聴いている。
時には自分の心がえぐり返されるような思いをすることもあるし、今まで忘れていた過去の出来事を思い出すこともある。
卓越した芸術に対峙するには、それなりの心構えが必要だと常々思う。受ける影響がとても大きいからだ。
ライブ中や休憩中に常味さんがお話されていたことで、興味深いお話がいくつかあった。
アラブ音楽の、西洋音楽との大きな違いの1つに、即興性の高さがある。
基本のメロディーを元にしつつもどのように音楽を膨らませていくのかは奏者の即興演奏にかかっていて、そこが面白いところだ。
ところが1930年代以降、アラブ音楽が楽譜主義に向かうようになり、それをアリ・スリティ師も嘆いていたというお話があった。
西洋音楽は楽譜に残された作曲家の意図をどう解釈するかという点に面白さがあるが、
アラブ音楽(私が学ぶクルド音楽にも共通するが)は、西洋音楽とは全く異なる性質を持つ音楽であるはずで、同質化できるものではない。
日頃アラブやクルドの音楽に触れていても、その即興演奏の刹那的な面に心震える。この一瞬だけのものなのだ、と。
それから、アラブ世界におけるウードという楽器の位置付けについての話も面白かった。
「我々は二神教だ、1つはアッラー、もう1つはウードだ」という人がいるらしい。
「そんなこと言っても大丈夫?」と心配になってしまう発言に思えるが、それほどウードという楽器が大切なものなのだということがよくわかる。
またある人は「ウードはペンだ」というらしい。
なるほど、上にも書いた、「ウードという楽器はこれほど雄弁なのか」という感覚。
一度ウード演奏に触れると、多くの人がそう感じるのではないかと思う。
書き残しておかなければと思いながら1ヶ月が経ってしまったが、思い返すと、いまださざなみのように感動が返ってくる。
またKull Da Kan Lehを聴きたい。