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脳天を突き抜ける歌声 Dengbêjが全力で遊んでくれたCizîra Botan
昨日は閉まっていた「Dengbêjの家」を訪れる。今日は玄関の扉が開いていたのでホッとして入っていくと、中では軽く工事している人がいたり、木に添え木をしている人がいたりで、「営業中」感が全くなかった。
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「こんにちは、あの、すみません、今日Dengbêjはいますか?」
「いらっしゃい。いるよいるよ、あの人と、あの人と、あとワシ」
作業していたのは、実は、Mesud Cizîrî、Abdurrahman Cizîrîをはじめ、皆Dengbêjだった。観光客が多く訪れるAmedの「Dengbêjの家」とは趣きが大きく異なる。
「ようこそ、よく来たね。というか、君はクルド語を話せるんだね!朝ごはん食べた?ほら、ここに座って食べなさい。おーい!お客さんにチャイとパンを持ってきなさい!」
少年が私のために焼きたてのパンを買ってきてくれて、女性がチャイを持って来てくれる。チーズ、オリーブ、野菜、あっという間に私のための朝食がテーブルに並ぶ。実は前夜、りんごを一つ食べただけでお腹がすいていたので、心底ありがたかった。Dengbêjたちが作業の手をとめて集まってくれて、みんなでチャイを飲む。
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どこから来たの?一人で来たの?ここのことをどうやって知ったの?質問がどんどん飛んでくる。私はCizîra Botanに来た経緯を説明する。
「先生、私は日本からクルドの音楽を学ぶために来ました。Cizîra Botanには、Dengbêjの歌を聴くために来ました。なぜなら、CizîrのDengbêjはクルドの音楽を知る上でとても特別だと思うからです」
Dengbêjたちは大喜びで歌い始める。
その歌声は、心臓も脳天も全て突き抜けていく。鼓動が早くなる。なんだこれは。そうか、これはCizîra Botanの声なのか、、!
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代わる代わる、どんどん、どんどん、歌ってくれる。ダフやウードやジュンブシュも登場して、アンサンブルで披露してくれる。
「一緒に歌おう!」
Dengbêjアンサンブルと一緒に歌う。なんて楽しくて、なんて嬉しいんだろう!興奮が止まらない。
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「わっはっは!愉快だね!君はAyşe Şanだ!」
「先生、滅相もない、Ayşe Şanは偉大すぎます!」
「わっはっは!Ayşe、これから街へ出かけよう。案内するよ」
「先生、14時の飛行機でイスタンブールへ行くんです。空港へのバスは何時発のものがあるかご存じですか?」
「大丈夫だよAyşe、車で空港へ送ってあげるから、ここにいなさい」
まじで!Dengbêjに空港まで送ってもらえる!ラッキーすぎる!
ギリギリまで遊ぶ時間を確保した我々は安心して遊ぶ。ちなみにAyşe Şanは女性のDengbêjの中でも最も有名な、伝説的な人だ。
街ブラしていると、Dengbêjは頻繁に声をかけられ、写真撮影を求められたりしている。街の人々にとってDengbêjは特別な存在なのだなと感じる。そしてそのたびにDengbêjは「日本からきたAyşe Şanだよ。トルコ語は話さなくて、クルド語を話すんだ」と私のことを紹介する。人々に満面の笑顔が広がり、挨拶を交わす。「ようこそAyşe」「Serçavan」
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街ブラのあとは、Dengbêj Mesud Cizîrîの庭へ行き、犬たちにご飯(鶏の足などの生肉)をやり、木の実を食べたり、草を食べたりする。その辺の木の実や草を食べると子供の頃を思い出す。
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そうしてギリギリまで遊び、空港へ向かってみんなで出発。空港への旅路でもDengbêjはどんどん歌ってくれる。
「あれがジュディ山?」などと尋ねると、山の歌、「Dengbêjの家は私の家です」と言ったりすると、「私の家」をモチーフにした歌、春の陽気の中ということもあるのか、どれも明るく抑揚の多い歌だった。
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クルドの音楽の中でもDengbêjは特別で、心の中の聖域のような場所において眺めていた。しかし、Dengbêjの天まで届く高らかな歌声をすぐ隣で聴いていると、「こんな風に自分の声で物語を紡ぎ出せたらいいのに」と、心のどこかにいつもある渇望が顔を表す。
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私はこれからどのようにクルドの音楽に向き合っていくのか。イスタンブールへ向かう飛行機の中でずっと考えていた。
たった1泊2日の短い滞在だったが、特別な場所になったCizîra Botan。帰国までにもう一度訪れたい。