バルセロナ公式テストから:ホンダのミルが繰り返した「期待したような日ではなかった」の背景
2024年シーズン最終戦ソリダリティGP・オブ・バルセロナを終えたバルセロナ-カタルーニャ・サーキットで、11月19日に行われたバルセロナ公式テストで、ホンダは何をテストしたのだろうか。
2024年シーズンのホンダは引き続き苦戦を強いられたが、シーズン後半に入って次第に最下部をホンダが占めるという状況はなくなっていった。少しずつではあるものの、改善の兆候は見られていた。
バルセロナ公式テストでは、インディペンデントチームであるカストロール・ホンダLCRのザルコがホンダ最上位の10番手だった。ベストタイムは1分39秒616。トップとの差は0.813秒である。ホンダのファクトリーライダーであるジョアン・ミルは15番手で、ベストタイムは1分40秒070。トップとの差は1秒267。もう一人のファクトリーライダー、ルカ・マリーニは18番手で、ベストタイムは1分40秒232。トップとの差は1秒429だった。イデミツ・ホンダLCRのソムキアット・チャントラはルーキーなので、今回の記事では触れないことにする。
テスト後の囲み取材で、ミルはこの日の不満を隠さなかった。「期待したようなテストする新しいものがなかった」と言うのである。
「あまり満足していないよ。満足していない。非生産的な日だった。それだけだよ。テストしたのはすでに試したものばかりで、新しいものは何もなかった。さらに速くなるようなアップデートはなかったんだ。僕たちはスタンダードのパッケージで取り組んだけど、それは過去にうまくいかなかったものだった。僕が期待したような日ではなかった、とわかってもらえると思う」
ホンダはこの翌週にスペインのヘレス・サーキット‐アンヘル・ニエトでテストをする予定だったため、そこでアップデートが来ると言う。ただ、ミルの落胆は深く、「僕が言えるのはそれだけだよ……」とため息をついていた。
ホンダがバルセロナ公式テストに新たなテストするものを持ってこられなかった理由について、ミルは「タイミングだよ。彼らが間に合わなかっただけ」と説明している。
ところが、チームメイトのマリーニは、「僕のほうは、テストするものがたくさんあったよ」と言うのである。マリーニは新しいフレームをテストしたという。
「僕もテストするものがあまりないのではないかと思っていたんだ。その予定だったからね。でも、最終的にはかなりたくさんあった。(2月のテストの)セパンのベースとなるだろうプロトタイプマシンを理解したよ」
そしてザルコも、「新しいバイクで、新しいものをいくつか使った」と語っていた。
「それはあまりよくなかったんだけどね。これは、2月(のセパンテスト)に向けて、『こっちの方向にはいかない』という情報になる」
「いろいろなことを試してみた。いいフィーリングもあった。全体として、ポジティブな日だったよ。でも、ホンダが来年に向けて推し進めたいことについては、今夜ミーティングを開いて、今日彼らが進めた方向に進むべきか否かを分析し、決定を下す必要があるね。僕は、そちらに行くべきではないと思う」
「今日再び確認したことは、他のバイクと比較しても、エンジンが改善されているという点だ。僕たちは最速のバイクではない。ストレートで戦うのに、ブレーキングで抜いてポジションを上げるのに、パワーは重要なんだ。それから、リアグリップのコントロールが必要だね。その点、僕たちはまだ、一歩の前進を見いだせていないんだ」
「シャシーに関しては、現時点では大きな違いはなかったけど、全体的に見てあまりポジティブな変化はなかった。これが今日の主なポイントだ」
3人のライダーのコメントやテストした内容が、あまり一致していないことがわかる。もちろん、テストでは全てのライダーが同じ内容を消化するわけではない。コメントに関しても、それぞれの主観が入っている。例えば、これはあくまでも私の推察であるが、ミルが「新しいものはなかった」と語っているのは期待したよりも“なかった”」と捉えたからであり、マリーニは「思ったよりもテストすることが“あった”」と表現した、とも考えられる。
バルセロナ公式テストのホンダについては、「何を」テストしたのか、ということは大きなポイントではない、と私は考える。
より注目したいのは、ミルが言った「期待したような日ではなかった」というコメントだ。9月のサンマリノGP後に行われたミサノ公式テストで、ミルは同じようなことを言っていた。そのとき、囲み取材で語ったのは以下の内容である。
「正直言って、もっと期待していたんだ。エアロダイナミクスをいくつかテストしたし、シャシーのほうでもテストしたものがある。(中略)ただ、革新的なものは何もなかった。僕としては、もっと多くのものをテストすると思っていた」
つまり、ミルは同じ9月から2カ月半経ったバルセロナ公式テストで、「期待したようなテストではなかった(=テストするものが少なかった)」という、同じ印象を抱いたということになる。
日本とヨーロッパの間に横たわる溝
日本GPで中上貴晶にインタビューしたとき、2025年から開発ライダーを担う中上は、新しい役割への意欲を熱心に語り、そして同時にホンダの中での日本とヨーロッパの間に“溝”があると語っていた。
「今まで、日本とヨーロッパ、つまりグランプリの間に溝があって、それがすごく深かったんです。こっち(ヨーロッパ)にいても日本で何をしているのか、どんな成果があってそれができたのか、知らないんです。そこの共有をもっと上げたいですね。それはもちろん、HRCからも言われているんですが、僕もそこは欠けているところだと思っています」
現地で取材をしていても、中上が語っていた“溝”の存在を、明言はされずとも感じるシーンは随所にあった。その一例が、中上が「もっとプライベートテストをすると思っていた」と語っていた件だ。ホンダはレギュラーライダーのプライベートテストが可能であるコンセッションのランクDを受けているが、中上が考えていたほどテストはなかったという。ファクトリーチームよりもインディペンデントチームであるLCRはテストの機会が少なかったということもあるのだろうが、ここでもライダーの期待と実際が食い違っている。
ミルの期待と、その期待の通りにはならなかったという言葉、そして、そこににじむ疑念や焦燥の背景には、まさに中上が語っていた“溝”があるのではないだろうか。
そして、ミルのコメントだけを見れば、ということだが、シーズン終了後のバルセロナ公式テストに至ってもその“溝”はあまり埋まっていない、ということになる。
しかしご存じの通り、2025年から、テクニカル・ディレクターにロマーノ・アルベシアーノが就任する。2024年までアプリリア・レーシングのテクニカル・ディレクターを務めていた人物である。また、テストライダーにはアプリリアのファクトリーライダーだったアレイシ・エスパルガロが加わる。もちろん、ホンダRC213Vを7シーズンを走らせた中上もいる。
新たな風を起こすエネルギーは存在している。その変化がどんな形をつくるのか、2月の開幕前テストで確認したい。
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