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グラム・ファイブ・ノックアウト 1-3

 喫茶店から時間は飛ぶ。
 飲み屋を二件。今は焼き肉屋にいる。
 女性記者は自分の名前を簡単に名乗ってみせた。
 そして。
 おそらく。
 人を殺したことがあるらしかった。
 それが記者になった切っ掛けなのだと語って、直ぐにビールを飲んだ。僕はそれを見ながら頷くこともなく、目を見つめてハラミを食べた。
 焼き肉店の薄暗い場所で、女性記者は服を託し上げてから下着を外し、僕の顔に柔らかい胸を押し付けてきた。そして手の親指の下あたりにある筋肉の盛り上がっている所で、服の上から股間を回す様に触られた。
 女性記者に乳首を咥えて舐める様に言われて、少しだけした後に本気で跡が残るほど噛みついた。
 少しだけであったが、おぼろげな時間の後に軽くキスをされた。
 僕は席に戻ってハラミをもう一枚食べた。
 女性記者に向かって、寂しいんですか、とは尋ねられなかった。
 肉の焼ける臭いでますますお腹がすくのだけれど、女性記者は全く食べなかった。
 何の興味もないようだった。
 胸を吸われて、少しだけ安心したのかもしれない。
 そういう性癖なんだと思う。
 女性は目を瞑りながら二三語った。
 自分はレズだと。
 同性愛者だと。
 女性しか愛せないのだと。
 そういう生き方以外を知らないのだと。
 男は気持ち悪いし、怖いし、余り近づいてほしくない。支配できない生き物だから自分よりも遠くに置いておきたいと語った。本当は怖いから、少しでも怖いものだと認識したくないから、自分の強い性格を作ったと。
 そういう経緯は、もっと仲良くなってから言った方が良いと思います。
 そう口にした。
 女性記者は笑った。
 目を瞑ったままだった。
 時間を巻き戻すことができたら、最初に会った男との恋愛をなかったことにしたいそうだ。あれはレイプだった、そう言った。
 余り、聞くべきではなかったかもしれない。
 女性の恥部は、少しだけ生臭い。
「汚いってさ。」
「誰に言われたんですか。」
「忘れてしまったわ。」
 少しだけまた笑った。
「みんな汚いのよ。本当はね。」
 女性記者が、本当は僕のことを嫌いだということはよく分かった。
 胸を吸わせたのは、少しだけでも自分が誘惑している側に立つことで優位性を感じたかったからだろう。
 おそらく、高校生だからまだ自由に扱えると思ったんだろう。
 その上で、殺してみたいとか口にしたのだ。どうせ、何もしてこないだろうというたかを括った気持ちと、何かしてくるかもしれないという不安をない交ぜにした感情で。
 意味などそこにあったのか。
「ステーキをくれるかしら。」
 女性は店員を一人捕まえて、そう口にした。
「厚切りでお願いしたいの。」
 店員は首を振った。
「でも、厚切りのお肉が食べたいの。」
 店員は困惑した表情で首を捻った。
「厚切り以外のお肉があるなら、厚切りのお肉も出すべきでしょう。」
 店員は無表情になってしまった。
「厚切りを持ってきて頂戴。」
 店員はインカムで誰かと喋ると、わざとらしくため息をついて厨房へ向かった。
 ため息に女性記者は反応すらせず、目を強く瞑った。直ぐに力を抜いてそのままあくびをするように体を伸ばす。
「ああいうのはよくないですってぇ。」
 男がいた。
 たぶん、女性記者の仲間だった。
 端正な顔立ちをしていたが、僕と違って男性的だった。眉毛が困ったような感じで固定されているので、少し優しそうに見える。
「あぁ。初めまして、僕はこの女の人の同僚なんだ。」
「同僚なんですね。」
「そう、ただの同僚です。こんばんは。」
「なんで、ここに来たんですか。」
「来る理由はこの女性がここにいるだろうと思ったからだよ。」
「そうですか。」
「じゃあ、なんで、君はここにいるのかな。もう、かなり遅いけど。」
「夜は遅いですけど、別に問題はないです。」
「よくないって、高校生がこんな時間に外にいたらだめじゃないか。僕が君の家まで送るよ。本当にすまないね、このお姉さんが君を連れまわしたんだろう。最悪だよね。」
「最悪ですけど、家には誰もいません。」
「なんで。」
「両親は二人とも亡くなって一人暮らしです。だから、今日は晩御飯代が浮いたので良かったです。」
「それは何より良かったね。」
「はい。」
 男は女性記者の横に座った。当たり前のことのように肉をつまんで焼き始めると、その多くを僕の取り皿の上に乗せてきた。
 僕はそれを直ぐに食べると、よく噛みもせず飲み込む。
「よく噛んでね。」
「よく噛みます。」



「助手席に高校生を乗せていると変な気分になってくるよ。というのもね、その席はそこで寝ている女の人の席だからだよ。」
 夜風は涼しかった。
 とてもではないけれど、朝日には似合わない心地いい風だった。
「そうですか。ここは女性の席なんですね。」
「女性の席ということで固定ではないけどね。」
「何故ですか。」
「今夜は君が座っているじゃないか。」
「そうですね。」
 女性は後ろの席で何やら呻いていた。何か悪夢でも見ているのかもしれないが、特にどうすることもできなかった。ただ、声だけはするのでうるさいだけだった。
「高校生の頃は親なんていなければいいのにって、思ってたけどね。」
「僕は思ったことはありません。」
「あぁ、ごめんね、決してそういう意味じゃないんだ。そうじゃなくて、こうやって夜中に抜け出して夜の空気を吸うのも、一つの勉強なんだって胸を張るべきだったなぁ、と思ってね。」
「勉強している気はないけれど、確かにその意味はあると思います。僕の場合は毎晩、これくらいの時間に外を歩いたりしているので、たいして、新鮮ではないんですけど。」
「新鮮ではないと来たか。ちょっと、驚いちゃうし、あんまり危険だから外を出歩くのはよくないよぉって、注意させてもらおうかな。」
「いいんですか。」
「何が。」
「連れ出したのは、そこの女性だし。連れ出し続けてくれてるのは、貴方ですよ。」
 男性記者は少しだけ慌てると、確かに、とうなずいた。
 小心者なんだと思う。
 とても正義感溢れる人なのだと思う。
 私と比較すると、表面的な性格が大きく違うだけで、核となっている部分は同じなのではないかと思う。似通っている部分があるから会話が成立しているという当たり前のことにようやく気が付く。
「都市伝説の記事を書いていてね。」
「はい。」
「高校生の中で流行っている都市伝説の記事を書いていてね。」
「はい。」
「高校生の中で流行っている都市伝説の記事を書いてくれるような、高校生を探していてね。」
「ここにいます。」
「えっ、やってくれるのかい。」
「そのための会話だったんでしょう。」
「もちろん、そうさ。そうだけど。そのための会話だったなんて随分露骨だけど。」
「よろしくお願いします。」
 これも、都市伝説になるんだろう。
 高校生が都市伝説の記事を書くために。
 胸を顔に押し付けられて。
 気が付けば。
 助手席に座っていた。
 尾ひれはつくだろう。
 かっこいいのが付かないと意味はないだろう。
 こんなものでは何も起きていないのと変わらないだろう。
 嫌になるくらいの日常に少しばかりの風穴を開けるつもりで鼻歌を歌う。
 実際、家族がいない状態で何年も生きてきた。普通の家庭にないものとあるものを指折り数えるのにも飽きていた。ある意味で飽きるほど繰り返していたことに何の意味もないから、意味のあることをするために何かをしたかった。
 目の前には、記者になるという道があった。
 都市伝説になる前に、都市伝説を追う立場にこそなりたかった。
 情報が集まる場所に少しでも近づこうとしなければ僕の目的は達せられることはない。例え、微々たる進歩であっても記者になることは必ず有益な一歩と言えるはずだ。
 あの人に。
 そう、あの人に出会うための。
 重要なプロセスだ。
「最初だけは苦労するかもしれないけれど、本当に最初だけだよ。書けたらすぐに僕のアドレスに送信してくれればそれで大丈夫。そうだ。口座とかを持っているなら、そこに振り込みをするからよろしくお願いするよ。」
「それだけですか。」
「それ以上のことを求めてもいい記者にはなれないよ。」
「これからどこに行きますか。」
「どこがいい。」
「都市伝説があるところ。」
「じゃあ、僕の知っている都市伝説の話をしてあげるよ。」


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