ぎっちょ
ぎっちょ
左利きの私は、小さい頃、
よくこの言葉を投げかけられた。
左利きを意味する言葉だとわかっていたが
言い方なのか、ニュアンスなのか、
「ぎ」という音のせいか、
あまりいい感じがしなかった。
近年では「ぎっちょ」は
差別用語の一種として
使用が控えられているそうだ。
右利きへの矯正
その昔、左利きは
右利きに矯正されることが多かった。
私の父は元々は左利きで、
幼少期に矯正して右利きになった。
「左利きは右利きに矯正すべき」としていた社会は
「誰もが皆と同じでなければならない」社会で、
自分らしく生きることを良しとしていなかったのだろう。
母方の祖母も
「字を書くのと、お箸を使うのは右手のほうが良い」と言い、
私は小学校入学前に、
母に促されて
右手で字を書く練習をした。
えんぴつを握った右手は
全然思うように動かなかった。
左手ばかりに力が入ってしまうので、
左手をギュッと握って「グー」にして、
必死で右手に力を入れて字を書いた。
でも、いくら頑張っても
ミミズが這ったような字しか
書けなかった。
何かに負けた気がした。
左利きのまま・・・
両親は
ただでさえ食べるのが遅い私が
右手で食べたら
ますます食べられなくなるのではないかと心配し、
結局、右利きに矯正するのをやめた。
(少し大袈裟かもしれないけれど…)
大人になった今となっては
左利きのまま育ててもらったことは
「私は私のままでいい」と
自分の存在をそのまま肯定してもらう体験
だったように感じる。
昔と今
かつては
左利きは右利きに矯正するのが当然で
「誰もが皆と同じでなければならない」社会だったが
時代と共に
社会は確実に変化している。
今は多様性の時代。
左利きを「個性」として尊重し
左利きのまま矯正をしない家庭が増えてきているように思う。
歴史上の偉人にも
(アインシュタイン、エジソン、ベートーベン、ピカソなど)
左利きの人がたくさんいることが知られるようになって
イメージがよくなったのもあるのかな!?
幼い頃の記憶から気づけたこと
幼い頃の記憶を辿ってみたら、
両親に愛され、大切に育てられたことを
再認識できた。
まっ、いつの時代も
子を想う親の心は変わらない。
左利きを右利きに矯正するのも
その昔の、親の「愛」だったのだろう。