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黒い川


光の膜が黒い川にぽつぽつと浮かんでは消えていった。

川は空を覆うように大きく、夜空のように見えていたが、夜空そのものではなく、夜空からはみ出していた。

夜空の星々は動かず私を見ていたが、黒い川に浮かんでは消える光は、まるでトランポリンの上の子ども達のようにシャワシャワと騒いでいた。

空を覆う川はいつの間にか私の前に現れたが、いつ、どのように現れるのか、知る事が出来なかった。
それを知ってしまえば、もう川は現れなくなるのではないかと思っていた。

光の膜は、雨でもないのにぽつぽつと湧き立って自由に形を変え、形のない雲のように流れた。

一瞬、赤や緑や青い光が囁いては消える。

波のような高鳴りが、私たちの会話だった。

この川がどこから流れてくるのかも、なぜこれほど心に触れるのかも知らなかったが、彼らの語りかける波のような言葉は鳴り止まなかった。

光の膜は生きている事を表すように、その都度異質な音を立てた。

私たちは直接会話のできない友達だったが、それでも光の膜が心からの友である事がわかった。
彼らには嘘も、正解もなく、規制もないように思えた。

分かり合ってもいないのに、私は黒い川の囁きの柔らかさに耳を澄ます。

そして、黒い川もまた私を映そうとぶくぶくと渦のような音を立てた。

幾つもの色が浮かんで、水の中に花火が上がるようだった。
それでも、黒い川は一体いつになったら私を映すだろうと思っていた。

私の知る私は、彼らの言葉の中に、一向に現れなかった。

私と彼らには隔たりがあった。

光の膜が私を映そうとぶくぶく音を立てるのがわかったが、彼らが映す私は、私の知らない姿ばかりだった。
彼らから見える私を、私は知らないし、彼らもまた、私の知る彼らを知らなかった。

そのことに少しばかり不満であった事に、彼らは気づいていた。
私の中に疎外感が生まれた。

それからしばらく、川を呼ばないままだったが、数年の間、彼らの立てる奇妙な音が頭から離れなかった。

その為、彼らを忘れることなど考えもしなかった。
彼らが発する異質な音を、私そのものでもあるかのように感じていた。

私と彼らの奇妙な関係はずっと続くだろうと思っていた。

ある時、たったの一瞬、あの奇妙な音をすっかり忘れてしまった。
それは、私にとって幸福な時間であったが、同時に彼らを失った瞬間でもあった。

彼らは何も言わなくなった。
私の頭の中から、彼らがすっぽり抜けてしまったようだった。

それ以来、遠くて近かった彼らの音がどこかに消えてしまった。

私は毎日、物足りない。

それでも、ふと、彼らに似た音が空で鳴る時、私は振り返っていた。

彼らは異質で、私そのものであるみたいに大空で鳴いた。
彼らから流れる言葉を浴びて、作物が実るように、私の身体は育っていく。

彼らから流れてくる愛は大地を荒らし、時たま、やんわりと光り、また流れるように消えていった。