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「インパクト投資」のいま(後編)

「マネーフォワード Fintech研究所 瀧の対談シリーズ」の第13回をお届けします。前編・中編では、田淵さんがインパクト投資に興味を持ち、ゼブラ アンド カンパニーを立ち上げるまでの経緯と、昨今のサステナビリティブームに関する意見を伺ってきました。後編では、日本におけるインパクト投資の課題や期待感をお聞きします。

日本におけるインパクト投資

瀧:インパクト投資に限らずだと思うのですが、「日本には多様な投資家が少ない」という意見もあります。一番極端な例ですが、アメリカでは大学が基金を持っていたり、ビル&メリンダ・ゲイツ財団のように超富裕層による財団があったりなど、全く異なるタイムホライズンやミッションを持っているお金が存在しています。一方で、日本は戦後から皆で同じようにお金を築き上げてきていて、そのお金を運用している層の中には、プロフェッショナルではない人もいると言われていますよね。

そんな環境下で中編でご紹介いただいた絵に出てきた、シマウマさんを食べさせていくのに十分な土壌がまだ足りないと見るべきなのか、既存の投資家の方たちに何らかの学習機会を提供することで変えられると見るべきなのか、ご意見を伺いたいです。

ゼブラ アンド カンパニーの経営支援事業「Finance for Purpose」のフロー図

田淵:どちらかというと後者かなと思っています。「お金を出してくれる人はいるけど、知られてない」というニュアンスに近いですね。
例えば、地方の有力企業などは、すごく共感もしてくれるし、投資にも積極的な経営者が多かったりします。なかには肌感で投資している方もいて、体系立てた方法論を整理しているわけでもなく、割と直感で気に入った会社に投資しているといった感じです。ただよく話を聞いてみると、我々と考え方がとても近かったりします。そういう意味では、既存投資家に学習機会を提供するというより、既にやっていることを整理することで、彼らの活動をもっと加速させたり、世の中にわかりやすく出すことができる可能性は十分あると思います。 

一方で資金調達にはある程度段階を踏む必要があります。我々も最初に資金調達したときは、SIIF や未上場会社、個人のエンジェル投資家に出資していただきました。スタート時点であれば、やはりこの辺りの投資家がお金の出し手になっていただきやすいと思います。将来的には機関投資家が「ゼブラ投資」をやってくれるといいと思いますが、さすがに初期段階では理解されにくい。ただ次の段階ではもう少し大きな未上場の企業群が可能性として見えてきますよね。さらに次では、地銀・信金などの金融機関も見えてくる。彼らはいわゆる金融ロジックを持ちつつも、地域創生というインパクト面のミッションも持っている機関です。段階を経て学習機会を提供していくことで、ゼブラ投資が広がっていったり多様な投資家が増えていくといいなと思って、我々も活動しています。 

インパクトブームをどう見ているか

瀧:上場企業に対して「内部留保を原資に賃上げを」といった議論がよく持ち上がります。上場企業は本来、株式市場でガバナンスを受ける立場ですので、ある程度内部留保があったとしても、それを賃金上昇に変えるキャパシティって実は少ないのではと思うのですが、その人たちはお金の出し手としてはどう見られているんでしょうか?つまり、上場企業の中でもこれに似たかたちで、サステナビリティブームを契機にした「内部留保を原資にインパクト投資を」といった考え方も広がるのでしょうか? 

田淵:可能性としては充分あると思いますが、一方で時間が必要だろうなという感覚です。上場企業のESGの考え方は、基本的には環境や社会のファクターが、会社に悪い影響を与えないようにリスクを排除していく、という考え方から始まっています。しかし、ESGのトレンドは今「ネガティブリスクの排除」という当初目的から、「いかに環境や社会に対してポジティブインパクトを作れるか」という流れに変わってきていると感じています。これは結構インパクト投資に近いなと感じています。これが本当に浸透してくると、会社としてもインパクト投資のようなところにお金を使う選択肢が生まれるでしょうし、むしろ企業に求められるようになる可能性もあるのかなと思います。

少し視点が変わりますが、企業が持っている寄付金なども使い道を変えられたらいいなと思っています。フィランソロピー・ポリシーが整備されていない企業では、上手く活用できていない例も耳にします。集めると何億円という規模になるお金がうまく活用されていない、ということです。ESGの流れから急激に方向転換をしなくても、既存のものに対してある種の選定プロセスを整備し、かつそれが社会起業家を育てることにつながって、まわりまわって自社の将来の事業の種になる。そんなところにお金を出せるようにすればいいんじゃないかと思います。

瀧:おっしゃる通りですね。
 それと、上場企業が行う投資にはブームのようなものがあるように感じます。他社の動きを見て「じゃあうちはこれを始めよう」と、急に経営資源の一部をインパクト投資に向けた結果、真に良いことができるケースもあると思う一方、そうじゃないケースもあるのかなと。なんとなく経営資源を振り分けて、その結果「これは評価機関向けの報告書に書けるな」などといった本来の目的ではない着地に満足してしまうということもあると思います。
「やらない善よりやる偽善」といった考え方もできるとは思うのですが、上場企業の場合は非上場企業に比べてアカウンタビリティがより重視されます。これについてはどうお考えでしょうか?

田淵:ちゃんと会社にプロフェッショナルな人材を入れて、きちんとポリシーを作って運用するということができれば、一定の説明はできますよね。限られた時間の中で行う事業投資にも当然リスクが存在します。それと同じで、投資に対してきちんと説明すること、こういう考えを持っていて、こういうリスクがある事を理解している、という基本的な情報開示が重要だと考えます。ただ、度合いや狙いが、事業投資と異なることも多いため、プロ人材の配置も含めてそこをちゃんと説明できる仕組みを作れれば、そんなに特殊なことでもないのかなと思います。そもそもそういうプロ人材が少ないという難しさはありますが。 

インパクトの定義

瀧:「インパクト」という言葉も存在感のある言葉ですよね。例えば「インパクト系のファンドの組成をします」と聞いたときに、その裏側にはプロジェクト評価をする専門会社が入って、体系的に「インパクトとは何か」を整理したり、定量化するロジックを考えたりされているのだろうなとは想像するものの、一般の株式市場と比べるとまだまだ目線が定まらないようにも思えます。 

この「インパクト」という言葉と長らく向き合ってきた田淵さんは、どういう気持ちでこの言葉と付き合っているのでしょうか?絶対的に譲れない「インパクトの定義」というものはあるのでしょうか。 

田淵:やはり「その人のインテンションがどこにあるか」はすごく大事で、それが譲れないポイントかもしれません。「よくわからないけど結果として出ました」みたいな、たまたま正のインパクトが出たみたいな話もあると思います。それ自体は悪いことじゃないのですが、自分たちが投資する対象にはしないかなと思います。 

瀧:今のポイントは重要ですね。
株式上場するということは、会社が社会の公器になるということです。保有株式数的にはその会社のオーナーであったとしても「この会社もうあなたたちのものじゃないですよ」「もう何でも好きなようにはできませんよ」と言われるのに等しいのですよね。上場企業になるということは、そういう割り切りをしなければならない。

強い成長を志向して外部資本を取り入れようとすると、たいていの場合は上場するという選択に繋がるのですが、それが最初の創業時の思いをぼかしてしまうことにつながるのかもしれません。一方で、創業趣意を持ち続けることに理解のあるキャピタルが入ることで補完することができるれば、上場企業でもこういう「インパクト」の話を続けることができるのではとも思います。 

田淵:本当にそうですよね。まさに今界隈ではインパクト志向を持つ企業が新規上場することを意味する「サステナブルIPO」「インパクトIPO」といった言葉も聞かれるようになりました。GSG(The Global Steering Group for Impact Investment)という、インパクト投資を推進するグローバルなネットワーク組織があって、日本にも国内諮問委員会があるのですが、そこのワーキンググループでは、まさにこういった類のIPOが議論されています。
これまでに私が関わってきた企業は押し並べて我々に「期待」を持ってくれていたということが一つの共通項になる気がします。資金調達という機能的な面や、ステークホルダーの性質やガバナンスの在り方を考え直したいといった機能的じゃない面でのあらゆる期待です。その中には前述のように、上場した後も自分たちの意思が失われないような仕組みや、自分たちの意思に近い人たちにオーナーシップを渡す仕組みを作りたいという話もあります。

実はゼブラには「Exit to Community」というものもあります。いわゆるIPOによる「Exit」とは異なり、その会社のユーザー、労働者、顧客などのステークホルダーによるコミュニティを形成し、そのコミュニティが会社の所有に関与するというイメージです。それによって長期的な目線を持てたり、会社のミッションを理解してくれているオーナーが増えるので、セカンダリマーケットでの売買を目的としていない人たちが志向されたりするんです。 

瀧:ステークホルダーに丁寧にオーナーシップが渡る仕組み自体は「ステークホルダーが人間であること」をうまく意識できる、ということにつながりますね。日本はほぼ普通株式の世界なので「投資額=票数」みたいな感覚があります。本当は投資する企業に対してコミットがとても深い人と、リターン目的の人と、グラデーションをつけた機能を持たせられればいいなと思います。ステークホルダーごとに、関わりたい形とか、タイムホライズンも違うわけですから。今の時代であれば、もう少し良いガバナンス設計を探せるといいなとは感じていました。

田淵:それはとても面白いですね。我々がゼブラとしてやりたいことは、まさにこういう話です。そういう意味では、「ゼブラ アンド カンパニー」自体も、無議決権株式を使った少し変わった調達をしています。我々に経営の実務面を任せてもらいつつ、特定の事項については、初期投資家として投資額に関わらず、我々共同創業者も含めて一人一票を持ってもらっています。

 瀧:素晴らしいと思います。ほとんどの資本主義の社会では、お金を出した人ほど議決権を持つという意思決定になっていると思います。ただ、より想いがある人を重視しなきゃいけない部分はある気がするのですよね。 

長期的な視点に立った経営を後押しする、アメリカの証券取引所「Long Term stock exchange」ではまだ数社しか上場していません。「NASDAQ」とか「NYSE(ニューヨーク証券取引所)」の基準に自分たちなりの基準を上乗せして上場承認しているというのが実態ですよね。まだマイルドなものだなとは正直思うのですけど 、今後の技術によって株式の発行や流通にかかるコストが格段に安くなってくるはずなので、もっと多様な形態のオーナーとか、多様な会社のあり方が実現すると、ゼブラ企業が活きてくるのではないかな、という感じがします。 

田淵:おっしゃる通りですね。従来の真ん中にお金を集めるような伝統的なファンドではなく、ブロックチェーンなどの技術を活かして、より多くの人が株式を持ったり出資したりできる仕組みが、いずれ求められてくるのではないかと考えています。最近はソーシャルアントレプレナー(社会問題を解消できる起業家)もすごく増えてきていて、そうすると株式の持ち方とかガバナンスのあり方も変わってくるのはと思います。

瀧:株式会社という仕組み自体は数百年間変わっていないわけですが、お金で様々な問題を基本的に解決できた時代ならではの成果物という面もあると思います。目的が多様化する時代には、株式も多様化するのでは、という感覚があります。 

本日はどうもありがとうございました。

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