#32 ゆめゆめ溺れぬよう
こんなこともわからなくていままでよくやってこれたね。
理解よりも先に、明確な悪意をもった音韻が鼓膜を震わせた。
売上だったか在庫だったかマーケット概況だったか、とにかく何かを調べて分析しなくてはいけなかったのだけど、私にはそのノウハウがなかった。
事業部にいたなら日常茶飯事なんであろう社内ツールの知識や、当たり前みたいに使われる共通言語を「わからない」と正直に白旗を振った。
「こんなことも分からなくて、今までよくやってこれたね?(笑)」
目が覚めて浅い呼吸に気付く。
夢の中で私を嘲笑したのは、どういうわけか近所に住んでいた同級生の女の子だった。
あまり勉強が得意な子ではなくて、私が彼女に教えてあげたこともあったと思う。その子がいきなり夢に出てきて仕事のことでコテンパンになじられるのは、私のコンプレックスや、どこか冷めた気持ちで彼女と接していたことを思い出すのに充分すぎるほどの重たい一撃だった。
仕事が思うように進められず気持ちが不安定になっている。
”私が年次の低い女だから余計に色々なことがうまくいかないんだろうか”
なんて考えて余計にどこまでも落ち込む始末である。
新卒で持株会社の広報にアサインされてから、直接/間接を問わず自らのブランドの商品を生み出すとか、それを売って売上に貢献するという営みの歯車からは瞬く間に外れてしまった。(その分やりがいも役割もそれなりに体得したけれど)
ある程度どんな職種であっても3年働けば一人前みたいな風潮があるけれど、いつまでたっても足がつかない深さのプールを漂っているような気持ちだ。
果たしてうまく泳げているのか、溺れているのかわからない。
もとい、わかったつもりで日々をやり過ごしてきた。
はずなのに、その時々で傾きを変えながらやっぱりわからなくて揺れうごいている。(これはジェンダーの話にも通づるけれど)
わからなさをどうにも愛せない。
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ずいぶん前に買ったままのミステリ短編集を開く。
筆者の作風なのだろうけれど、胸くそ悪い結末の話が多くてうぐぐとなり、途中で読むのをやめてしまった。
慰みを探すように、カメラロールを開き「いつか読みたい本」のアルバムに指を滑らせる。
東京に土砂降りが降った日に書店で立ち読みした詩集を勢いにまかせて注文した。
韓国語で編まれた詩と表紙を美しいと思った本。
届くのが待ち遠しい。
あくる日、Web短編小説「ぼくは光合成」を読む。
「美しいひとがひとりでいることを世界は許さない」という一説が、くるしくてきれいだった。
思いがけず素敵な読書体験をして少し気持ちが和んだ。
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そもそも、誰からもジャッジされやしないのに漠然と”赦されたい”という気持ちで向かうから何事にも及び腰になるのだろうな、とげんなり。
ままならない思考がまどろみの中を巡る。
やがて横たえる身体に残っていた力が少しずつほどけて、枕に沈んでいく。
眠りに落ちることは、死んでいくことによく似ていると思い知る。
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