【映画】サーホー
6月23日、立川シネマシティで極上爆音上映『サーホー(SAAHO)』(2019)を観てきました。ちょうど緊急事態宣言の始まるちょっと前くらいに劇場公開が始まって、そのまま映画館が長い休業期間に入ってしまったので見そびれた…! と思っていたのですが、ありがたいことに再開ラインナップにしっかり入っていました。ありがとうシネマシティ。
というかね、すっごく久しぶりに映画館へ行って、やっぱりいいなと思いました。今こそ映画館だ。予約システムの時点で一席空けだから、周りのお客に気が散ってしまうというようないわゆる席ガチャ失敗のおそれもまずないし、やはり家で映像作品を観るのとは没入感というか、体験としてまったく質の異なるものだ。少しでも映画館を応援したい。
シネマシティのb studio、相変わらずこんな感じでマッドマックスのドゥーフ・ワゴンみたいな音響。(一部界隈で)話題作とはいえ、公開から日が経っているせいか、平日午後で客入りもまばらでした。
だいたい『バーフバリ』
いやあ『サーホー』、良かった。
前評判は、信頼のTwitterタイムラインやダイハードテイルズ本兌さんから聞いていたので間違いないと思っていたんだけど、そう来たか~! みたいな驚きがありました。というのは、今回けっこうストーリーに関して突っ込んだ感想を書こうとするとネタバレになってしまう要素があるのだ。作品の構成そのものが大きな仕掛けの一部になっていて、そこに言及せずに人に感想を伝えるのがけっこう難しいんですね。ちょうど『カメ止め』のときみたいな感じ。
それでも敢えて言うなら、この映画、やはり主演のプラバースさんのカリスマ的ヒーロー性を讃える『バーフバリ』のあの感動に最終的に落ち着くのです。というか、『王の凱旋』を下敷きにしている部分が大いにある。
あらすじ的にプラバースさんが今回どういう役柄かというと、ムンバイ警察の最強のスーパー覆面捜査官アショーク。犯罪者のアジトに単独で乗り込んでは悪者をばったばったとなぎ倒し、一方で酒と女性をこよなく愛するチャーミングなイケてるお兄さんだ。もう本当に、インド版『ミッション・インポッシブル』みたいな感じ。
って、思うじゃないですか。わたしも予告トレイラーなどで知った知識でそういう映画だと思っていたら、途中で疑問符ががだんだん増えていって、ある時点でウワーッ! となって、そこからマーベルのスーパーヒーロー映画みたいになって、で、最後『バーフバリ』になるんですよ。結局それなんじゃん! みたいなね。
でもね、もはや『バーフバリ』で脳をやられたファンにとってはプラバースさんに期待しているものが、言ってみれば初めから完全にそういった神話的カリスマ性なので、この作りに安易な打算のようなものは(かえって)感じず、納得しかなかった。大いに興奮して大いに笑った。
そしてまあ、ネタバレにならない範囲で言うなら、映画のなかで作品のタイトルが出てくるタイミングが100点満点中100兆点なのでした。「ここで!?」ってなる。で、なったあと「いや…間違いなくここしかない!」ってなる。あの瞬間、本作のことが8割がた分かったような気がしました。あらかじめSaahoreという単語に親しんでいたことも確実に効いている。
王者の風格
ライスに対してカレーが多すぎる
それにしても、3時間のアクション映画にしては相当にいびつな作品ではあるんです。シナリオ…というかキャラクター相関が思いのほか複雑で分かりにくいし、それを見せるプロットやセリフ回しも冗長な部分がある。少なくとも、いまどきのハリウッドの合議制で練りに練られた一点の隙もない、足すところも引くところもない完璧なプロットに比べてしまうとね。
そもそも、幕の内弁当にしてはおかず多くない? みたいなところがある。一段食べきったらその下にまだ二段三段あるみたいな。たぶん内容を削っていったらもっともっと分かりやすく、シンプルにできたのだろうなという予想はつく。このカレーライス、ライスの量に対してカレーが多すぎるのだ。もう最後のほう、ライスもナンもないけどカレーだけすごい余っちゃって、でもなんか、髭面のやたら顔のいい店長が次々おかわり持ってくるもんだから、なんだかんだ気づいたら完食してるみたいな。
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まあ私なんかにしてみれば、インドの映画作品のことはほとんど知らないわけだし、彼らにとってこれが美学であり理想の映画の形なのだと言われてしまうと、そうなのかという気もする。だって、心象風景として表現される唐突なダンスシーンは実際に美しいし、"It's showtime!"という決め台詞も、「それはなんか…カッコいいのか!?」みたいな疑問を超えて、インドではこういうもんなんだという有無を言わせぬパワーがある。
だとしても、キャラクターが分かりにくいのは確かにあると思うんですよ。次に引用するのは配給会社の映画公式サイトの人物相関図なんですけど、見て分かるとおり組織の重鎮サイドに髭面のイケジジイが多すぎるんだ。
なので、「今映っているイケジジイはどっち派閥の人間で、さっき首を絞められていたイケジジイは誰なんだ…?」みたいなことがしばらく続く。もっと具体的に言うと自分の場合、ロイの隠し子ヴィシュワクと「謎の男」の見た目の区別が全然ついていなくて混乱した。画面に映っている人が誰で、何を目的に、何をしているのか分からない場面がわりとある。
それでも感心するのが、そうしたモヤモヤした疑問を抱えながらも、最後はそれらのほとんどはラスト20分くらいできれいさっぱり氷解して、そしてまた、序盤のいろんなことの伏線回収をまんべんなくこなして、長大なフリオチの完成形として、これ以上ない形で幕を閉じるのだ。だから途中まで分からなくて不安になっても心配ないし、消化不良みたいなことは全然ない。全部観たあとで「ってことは、あれはどういうことだったんだ…?」みたいな謎は残るから、そこはもう一回アタマから観て確認したくはなる。
プラバースさん最高、以外のあれこれ
本作のプラバースさんは最高にかっこよく、ネタバレを避けて感想を言うならただただプラバースさんを讃えるしかないんだけど、それ以外のちょこちょことしたトピックについても、思い出して書いておきます。
『サーホー』は女性キャラが少なくて、しかもヒロイン、アムリタの描かれかたも『バーフバリ』のシヴァガミやデーヴァセーナのような苛烈さと比べると、強く美しいけれどどこか抜けているというか、前時代的な守られる女性のか弱さが強調されており、そこは好みの分かれる部分かも。天然ボケに近いかわいさはあって、笑いどころのひとつではある。その分、真相に食い込んでくる悪役のカルキ姐さんのカッコよさが光る。
音楽も良かった。序盤のダンスシーンで流れるMVのYouTube再生回数が2億回とか行ってて笑っちゃった。2兆ルピーに2億回だからもう、意味分かんない。スケールのデカさが違う。
トラップ的なモダンなベースミュージックを取り入れながらも、そこへさらにトライバルな要素をぶち込んできた『バーフバリ』の音楽のような魔術的な魅力は薄く、そこはもうひとつ仕掛けがほしかったところ。
なんにせよ、私は『サーホー』おもしろかったです。こういったご時世であることを理由に劇場で観る機会を逃すにはあまりにも惜しい作品。観ておいて間違いなかったね。
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2年前に観た『バーフバリ』の感想文はこちら。