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白髪一雄 a retrospective

1月19日、新宿へ出たときに電車でスマホを見ていたら、ONTOMO(音楽之友社さんがやっているクールなクラシック系Webマガジンだ)の記事で、白髪一雄の個展が開催中であることを知った。

絵画に明るくないわたしでも知っている数少ない好きな画家のひとりだし、場所も初台の東京オペラシティアートギャラリーとあって、今日ついでに行けるじゃんと思って足を運んでみた。超良かった。

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白髪一雄(1924-2008)は兵庫県尼崎市の画家で、戦後の日本の前衛絵画を代表する作家のひとり。初めて知ったのは美術の教科書だったか何だったか、ジャクソン・ポロック(同じく大好きな画家だ)のいわゆる「アクション・ペインティング」と同じ文脈で紹介されていて、興味を持ったのだったと思います。

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それというのも、作品がこんな、巨大なキャンバスに絵の具をぶちまけるようにして描かれた豪快な抽象作品ばかり。しかも、これをどうやって描くかというと、キャンバスを床に敷き、天井から吊ったロープにぶら下がって、足で描くのだ!

この、フット・ペインティングという手法を1954年からやっていて、様々な道具や手法を試しながらも、基本的には一貫してこの方法で作品を制作し続けたという作家なのです。すごくない? 今も印象に残っているのは、なにかで見た縄にぶら下がる変なおじいちゃんの写真だ。その姿には作為的なポーズや敢えて奇抜に振舞おうというようないやらしさからかけ離れた、どこか鬼気迫るものがあり、以来、具体的な代表作は知らないまでも、白髪一雄という名前が強く脳裏にこびりついていた。

今回の企画は、東京では没後初めてとなる本格的な個展であるとして、大型の作品が一堂に集められているほか、初期作品や作品計画の資料、映像なども併せて紹介されていて、ボリュームも十分でした。一部の作品は写真撮影もできる。日曜午後にもかかわらず客入りにはゆとりがあって、おかげでじっくり鑑賞することができました。

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「天異星赤髪鬼」(1959)

まず圧倒されるのがその大きさ、固まって凸凹になった油絵具の立体感、そして鮮烈なまでにどす黒い血のような赤の表現。なるほど、これは図録だとか、ましてやWebに載っている作品写真では到底伝わらない情報量だよ。

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「地暴星喪門神」(1961)

白髪は幼少期に影響を受けた水滸伝や、後に僧侶として得度するほど関心の深かった密教に関することがらなどを作品のタイトルとしてモチーフに選びながらも、作品のなかではあくまで具体的な表象をなぞってはいない。つまり、鑑賞者には一体何が何だかわからないけど、とにかく作品のパワーだけがある。

それは、単に床に躓いて絵の具をこぼしたとか、そういった意味のないランダムな物理法則の結果としてもたらされたものではもちろんない。作家が、意志をもってそのように表現し、ある時点で「これを以て良し」とした作品であるわけで、分かる/分からないとか、上手い/上手くないといった価値判断の基準を超えて、作り手から受け手へと向かう強いベクトル。

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わたしは岡本太郎の芸術論が大好きで、曰く「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」(『今日の芸術』)。その意味で、白髪の作品にはなにか鑑賞者の心をざわつかせるエネルギーが、それも異様に生々しく、グロテスクで、でありながら悲観や絶望ではない、生への強い肯定が感じられる。キャンバスに残る作家の足の跡は、写真や動画以上に、作家がこの時この瞬間この表現を求めてこう生きたという証…文字通りの足跡をありありと伝えてくる。

時代を追って作品を見ていくと、ごく初期においてはキュビズムの影響を受けた人物や静物画などがあり、ある時点から身体性に特化したダイナミックな表現手法を追求する方向に振り切っていく。そのなかでも、初めは太い絵筆を使っていたのが、一般的な画材という頸木から解き放たれるようにして、足やスキー板のようなヘラを使うなどの方法を試すようになる。

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「貫流」(1973)

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「色絵」(1966)

わたしが白髪一雄の作品にシンパシーを感じるのは、ダンスミュージック(テクノ音楽)を作っていることと無縁ではないように思います。制作ツールと媒体は違えども、身体性を以てして何がしかの意志を表現している。それはなにか言葉を尽くした説明で代替できるような類のものではなく、小手先の技巧の良し悪しのような第三者の価値基準に左右されるものでもない。体を動かし、心を動かした結果だけが真実だ。

なので、白髪の作品を鑑賞するコツとしては、理解しようとするのではなく、音楽に体を委ねるようにして、ただ鑑賞するままに精神を任せるのがいいんじゃないかなと思います。

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ゆかりのある尼崎市の総合文化センターには、白髪一雄記念室という常設の展示室があるそうですが、そうでもなければなかなかお目にかかることのできない、今回の東京オペラシティアートギャラリーでの俯瞰的な展示。会期は2020年1月11日から3月22日までだそうで、一般1,200円で前売り券などは不要です。詳しくは下記の公式イベントページで。

ちょっと距離はあるけど新宿からも歩けるので、近辺に来たら立ち寄ってみるのもいいかも。行けてよかった。

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