村山良樹の卒業に見出す『HiGH&LOW』の祈り (オタクの幻覚)
『HiGH&LOW』。
この映画のアクションや美術のゴージャスさ、キャラクターのキャラ立ちを評価する声は目立つ一方、メインプロットを評価する声というのはあまり聞かれない。
過剰にウェット、ご都合主義、回想に回想を重ねたいびつな回想シーン。
しかし、私が思うに、『HiGH&LOW』とは祈りなのだ。
現実の無常さを知っていて、それでも、冷たく乾いた当然の結果を人間の感情と祈りが捻じ曲げうるのだと言い続ける祈り。
チハル、ノボル、シオン、キジーとカイト、轟、琥珀さん、馬場、メグミ、新太、基晃、天下井……。
『HiGH&LOW』には、一線を越えてしまった様々なキャラクターが登場する。
生きるため、金のため、親しい誰かのために犯罪に手を染める。
重大な公害への罪悪感と自己保身の葛藤から、告発という責任を果たせず、身を隠して生きる。
さびしさややるせなさ、抑圧した痛みから周りを傷つけ、そこに後悔を感じてももう自力では止まれない。
そんな過ちを犯し、開き直ったり心を麻痺させたり、あるいは苦しみ続けたり。『HiGH&LOW』のメインキャラクターたちは、しかし彼らの行動は止めても、存在は否定しない。
自分でもある種の分岐点を踏み越えてしまったと自覚する者たちに、まだ戻れる、やりなおせる、帰りを待っている、これからがあると信じていると叫び続け、そして強引に日常の世界へと引きずり戻すのが『HiGH&LOW』という物語なのだ。
『HiGH&LOW』の世界では、愛は何者にも勝る。
車に轢かれようが、拷問でコンクリートを飲まされようが、戦闘不能状態で鉄パイプで滅多打ちにされようが、SWORD地区の住人は自分が愛されているという自覚を持っているか、あるいはその人の生還を願う人間がすぐそばにいるのなら、基本的には死なない。どんな物理法則や生物的な人間の仕組みよりも、愛することと愛されることが上位に来るのである。
そんな、不死身のSWORD地区住民は、反対に自分と誰かの関係性の破綻を疑い自暴自棄に陥った時は途端に脆く儚い生き物になる。
『HiGH&LOW』のクライマックスシーンでは、分岐点を致命的に踏み越えそのまま遠くに行こうとするキャラクターと主人公達が殴り合うシーンが置かれることがままある。
先述の、SWORD地区でどんな法則よりも上位に来るのが愛という解釈にのっとれば、これは、両者の殴り合いという表現をとっているが、その実、実際行われていることは、自暴自棄に陥った人間の破滅願望と、どんな過ちを犯していたとしてもそれでも一緒にいてほしいと願うそいつの友人の感情の衝突なのである。だから、殴り倒すとはつまり、愛が破滅願望を圧倒させ根負けさせるという心理的状況の映像的表現だ。
『HiGH&LOW』は様々なアクションシーンがあるが、誰とでも殴り合えば和解できるというわけではない。完全な敵対者に向ける排除手段としての暴力と、去り行くのを引き留めたい誰かに対するコミュニケーションとしての暴力は、映像的には同じ行為に映るが、その実画面内で起きていることは全く別物なのだ。
さて、ここで村山良樹の卒業の話をしよう。
『HiGH&LOW』は祈りのコンテンツだ。
愛はおおむね無情な現実に勝る。
親に愛されなかった子供でも、トランスジェンダーやミックスルーツといった事情があっても、いじめられていても、悪意に悪意で報復する内それが自分自身を規定してしまっても、それでも、大人になれる。大人になって金を稼いで自由になって、どんなしがらみも捨てて、自分が信じる友達とだけ一緒にいられる。
『HiGH&LOW』はいわゆるヤンキー物コンテンツでありながら、大人になること、合法な労働に勤しんで富を得ることを輝かしいものとして描く。幼さも若さも、時として自由などではけっしてない。時にそれはくびき、苦しみの牢獄。だが、昔どんな牢獄にいたとしても、それでも君は自由になれると『HiGH&LOW』は訴えかけてくる。
そのテーマ性が、『HiGH&LOW THE WORST』において、中卒労働者のオロチ兄弟をヤンキー高校生である幼馴染達の苦境を根本的に救うヒーローとして描かせ、また、永遠のモラトリアムにあるかと思えた成人男性高校生の鬼邪高校番長村山良樹を卒業させる。
だが、村山良樹の卒業は、死でも消失でもない。
私は想像する。
『HiGH&LOW』の祈り、きっとそれは、気ままな放浪者として日銭を稼ぎながらバイクで旅をする村山良樹とその一行は、彼らを必要とするところに自然とたどり着くであろうという約束だ。
飄々として気まぐれで何にもとらわれず、ただ心の赴くままに戦う村山良樹という男は、冴えない労働者の姿でもう誰かの近くに来ているのかもしれない。
思いつめた目をした自暴自棄な子供の、自分にも他者にも向かう攻撃性を軽々といなして、手負いの野良猫の世話でもするかのように気負わずに、その子を取り巻く閉塞をあっさりと破ってみせるのかもしれない。
村山良樹はそんな男だ。
そう私は信じている。
『HiGH&LOW』は村山良樹というキャラクターの『HiGH&LOW』からの退場を明確に描いた。彼ははっきりとSWORD地区も鬼邪高校も去り、滅多にもうそこには戻らないだろう。でもそれは、悲しい別れというよりも、あたかも頑丈な救命具を海に解き放ちそれに旅をさせるような、そんな行為に思えるのだ。
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