筆でも執るか弦でも弾け
先日、勤め先に性的な嫌がらせを目的としたいたずら電話がかかってきた。着信があったのを同僚の女性がとり、応対して少ししてから切って、「不審電話だった」と言う。
しばしば店にはそういう電話がかかっていて、「パンツ何色?」だとか、「(女性器の俗称)って知ってる?」だとか聞いてくるらしい。
びっくりしてしまって、考え込んでいる。今時「パンツ何色?」って。本当にそんなこと言うんだ。どんな気持ちで言ってるんだろう。
まあそもそもそういう性的な嫌がらせを目的にいたずら電話をかけるのは迷惑行為だし下劣な行いであるというのは大前提として。
よくもまあここまで新規性のない事を言えたもんだとびっくりしてしまったのである。いたずら電話業界にはまるで無知な筆者だが、どちらの台詞もいたって陳腐で型通り、手垢がつきまくったものである。こんなにも型通りに他人に嫌がらせをする以外に楽しみを持たない不審者をなぞらなくてもいいではないかと、その電話をかけた人の自尊心の低さを思ってとても悲しくなってしまった。
いたずら電話という行為そのものを肯定する気はまったくないが、彼が電話機を持った時、そこには何かしらの思いがあったはずだ。ポイ捨てなんかと違って、電話をかけるというのはどこまでも意図的な行為だ。自覚はどうあれ、誰かとつながりたい、自分を表現したいという動機がなければそんな事は行わないはずだ。そこで言う台詞が「パンツ何色?」で、表す自分がただただ不快で迷惑なだけの存在でいいのか。凡百のいたずら電話、無数の性的いやがらせ犯の中に埋もれて世界でただ一人のお前である必然性が全くない陳腐な台詞でいいのか。お前の中にはもっと美しいものや面白いものだってあるんじゃないのか。
何を表現するか、どうやって表現するか、そのどちらもまるで独創性がない。筆者なら、どんなに孤独で疲れていたってこんないたずら電話はかけない。使い古しのまったく面白くもない定型句をなぞって他人に不快感を与えているだけの自分という存在を一瞬だって許容できない。筆者は自分のことをもっと、面白くてウィットに富んだ奴だと思っていたい。結果的につまらないのは仕方ないけど、端からつまらなくてもいいなんて思えない。
何かを言いたい、誰かと繋がりたいという衝動だけがあって、何を表現すればいいのかわからないという焦りだけがある。そんな状況の経験はあるし、そうなってしまった時にどう気持ちが追い詰められるかも知っているつもりだ。でもせめて、もう少し良いものを表現しようという気概をもってほしいのだ。
表現というのは技術だ。手仕事だ。ゼロから新しい何かを作り出せなくても、今ある表現の様式をなぞるための技術を身につけることも価値あることだし、その訓練をしていれば現実の耐えがたい色んな事から心を隔てていられる。
いたずら電話の人よ、持て余した気持ちがあるのならどうかもっと面白い事に挑戦してほしい。絵を描いたっていい、詩や小説を書いたっていい、楽器を始めたっていい。選択肢はもっとたくさんある。刺繍みたいな手芸もあるし、料理を作って写真をSNSにあげたっていいし、ダンスならほとんど身一つで始められる。何も思いつかなくったって、健康や金や時間の問題があったって、いたずら電話以外の選択肢は絶対あるしそういう技芸を披露する方が不快な嫌がらせをするよりもっといい形で承認欲求を満たせるはずだ。金がねえなら1000円ぐらいは出すよ、楽器は無理だし道具はチープだけど絵や書道なら始められる。詩作だったら類語辞典も歳時記も貸すよ。TRPGとかツクールMVとかならやり方教えられるし、絵や短歌や小説なら感想くれって言われたら書くからさ。
とにかく筆者は件の人の、そうせざるを得ない衝動が、もっと面白くもっと美しい形でその人の肉体を飛び出てなんらかの表現になってほしいと願う。自分の中にある何かを、そんな安っぽくて陳腐な行為に託さないでほしい。自分をそんなに安く見積もらないでほしいと願ってやまない。
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