白山眼鏡について
私は極度の近視である。数字でいうと0.01程度。これは大体アノマロカリスと同じくらいらしい。視力だけなら私はカンブリア紀から進化してない訳だ。
ゆえにメガネが欠かせない。コンタクトにしようと思ったこともあったが、目に何かを入れるというのは怖い。目の裏に入ると思うとぞわぞわする。ずっとメガネ派だ。
さて、メガネは顔の一部である。これはやくしまるなんとかが否定しているが、真の命題だ。メガネをかけると人の印象はガラッと変わる。そして良いメガネはその人の雰囲気を底上げする力さえあるように思う。
そしてメガネなしの私の容姿は惨憺たるもの。その底上げを図るため、昔から極力良いメガネをかけより良いメガネを探していた。その中で見つけたのが白山眼鏡店である。一発で白山とわかるほどにユニークでありながらもシックで王道をいくデザインが特徴のメーカーだ。
白山眼鏡店はジョン・レノンが暗殺された時にかけていたメガネを作ったことでも有名である。一種の伝説にまでなっている風もある。
それゆえか音楽人の愛用者も多く、海外だとエルトン・ジョン、国内でもYMOは全員白山眼鏡ユーザーだったり佐野元春や奥田民生なんかもかけていたりする。他にもみうらじゅんやおぎやはぎなど、そういう系の文化人御用達のメガネ屋だ。
そして私も白山ユーザー。錚々たる面子の中にEPOCALCの文字が入る日を夢見たり見なかったりして過ごしている。
そんな私の白山眼鏡狂っぷりは仲間内では有名なのだが、それを見た後輩から連絡がきた。なんでも白山眼鏡を買ってみたいから付き合ってほしいとのこと。もちろん快諾した。
白山眼鏡のショップは非常にハイソな空気が漂っており、私と後輩のような学生風情は愛想笑いしながら入ることになる。メガネの修理等で今まで10回以上は行っているが委縮しないで入ったことはない。ずっとアウェイである。初心者は二人で行くべきである。後輩が僕を呼んだのは正解だった。
後輩の視力検査を待っていると近くにいた店員が声をかけてきた。
「どうも、いつもご来店ありがとうございます」
先述の通りアウェイ感覚でいたので突然の接客に驚いてしまった。ただそこそこの頻度で来ているので顔を覚えられていて当然ではある。
「いえいえ、いつも快適に使わせていただいています」
「ありがとうございます〜、ご友人様にもおすすめいただけたようで」
「ええ、正直我々のような学生には値が張りますが、それに見合った物だと思いますからね」
「何よりでございます。ところで……」
そう言うと店員はスッと紙を渡してきた。名刺サイズの簡素なもので、中央に住所が印刷されている。
「一部の方にしかお見せできないコレクションがありまして……お客様はよくご利用されているようですのでご紹介させていただきたく思いまして」
「え、本当ですか。また何故私に」
「当店、学生でよくご利用されるお客様があまりいらっしゃいませんでして。ただこちらは若い方にも、いえ若い人にこそご紹介したいものですので……」
なるほど。メガネオタクの血が騒ぐ。これは行かなければならない。
後日、指定された場所に行く。迷いに迷った末にたどりついたのは、中央線沿線からほど近い味気ない雑居ビルの3階の一室だった。テナント表示もない。
灰色のドアを開けると、果たしてそこはメガネ屋であった。コンクリート打ちっぱなしの寒々とした店内に数十本のメガネが陳列されている。
すぐに店員がバックヤードからやってきた。件の名刺を見せると納得した表情で応える。
「なるほど、白山眼鏡店○○店からご紹介でやってきた方なんですね」
「そうですね。ここはどういった場所なんでしょうか」
「当店も白山眼鏡店の公式店舗です。一般には明かしてはいませんが」
「会員限定ブラックカード、的なことですかね?」
「まあ、大体そうですね。ただ少し扱っている商品が特殊でして」
「どういったものなんです?一見普通の店舗と変わらないですが」
怪しく微笑むと店員はこう続ける。
「お客様は白山眼鏡店をご利用されている著名な方をご存知でしょうか」
「ジョン・レノンとかエルトン・ジョン、日本だとYMOとか奥田民生…」
「その方々が皆当店のメガネをかけているのは不思議に思いませんか?」
「……と言いますと?」
「メガネブランドは星の数ほどあります。我々よりもブランド力のあるファッションブランドが作っていることさえあります。もちろんアーティストの方でそれをかける方もいらっしゃいます。が、何故メガネをかけたトップアーティストはみなさん白山をお使いになっているのでしょう?」
「……」
「結論を言ってしまいますと、彼らの使っているメガネが特別なのです。実はメガネのシェイプはその人の精神に影響を及ぼします。女の子の外見でVRを長時間遊んだ男性の精神が女性的になってしまったという話がありますが、それと同じ原理だと思ってください。
弊社の創業者はそこに目を付けました。かけるだけで精神的にポジティブにさせるようなメガネを作れないだろうか。それに基づき実験した結果生まれた商品を当店で扱っているわけです。ほらよく見てください。このボストングラスは白山の一般店舗では見たことがないはずです」
「あ、確かに言われてみればそうですね」
「例えばこのシェイプは『より積極的・情熱的になれる』効果のあるものです。他にも色々ありますが、当店の最高傑作は『その人の能力を底上げする』シリーズですね」
「容姿を底上げするだけではなく内面までも底上げするメガネ……」
「ジョン・レノン氏の使っていらっしゃったメイフェアは傑作でしたねえ……彼はあれを購入してすぐイマジンを書きましたからね。暗殺されていなければどんな傑作を生みだしていたか……大変惜しいものです」
「そうするとメイフェアもここ限定のメガネということですか」
「そうなんです、最近になってようやく形を修正して一般販売できました」
これは驚くべき事実を知ってしまった。この口ぶりだとYMOも佐野元春も奥田民生も、白山眼鏡の恩恵にあずかっているという訳か。
「そしてお客様はその一人に加われるということです。この機会に是非ご購入いただければと」
これを買わない手はなかった。学生の身分でなくとも非常に高額と言える金額だったが、今まで貯めたバイト代と趣味用に取っておいた貯金を全額引き落として購入したのだった。
それ以降、何か才能が発揮されているかと言われればそんな気は全くしない。ギターをぽろぽろ弾いてみても、前より多少良い曲は作れるようになった気はするが名曲からは程遠い。努力しているはずの勉学でもゼミで毎週怒られてしまっている。交友も全く上手くいかない。これはどうしたことか。
ただ一つ気になることがある。なんでもないツイートがやたらと伸びるようになったことだ。
もしかすると、才能って、Twitterの才能……