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血風録 2020年4月 第4週~最終週

○ 四月二十三日(木)

 前日(二十二日)のはなし。荷物が届いた。AmazonからはDisplayPort-DVI変換ケーブル。送料込みで1,300円。いま使っているデスクトップパソコンの対応形式(OUT)がRGBとこれだけなのである。デュアルにするための調達。

 さらにヤフーオークション経由の佐川急便からは中古の21インチ液晶ワイドモニタが届いた。送料込みで5千円。安い。本格的に在宅でなにかやっていくためにデュアルディスプレイ環境を構築するために買った。一律の現金給付をあてにした行動である。

 モニタ受け取りのとき。玄関ドア越しに「そこへ置いておいてください」と依頼した。佐川男子はそのとおりにしてくれた。ハンコやサイン無し。日本社会のフェーズが次なる段階へ移っていることを実感した。
 月狂四郎『PCM』を読みはじめる。

○ 四月二十四日(金)

 何かオリジナルのものを書きたいのだが書けない。
 今月中旬から出勤する予定だった派遣先が採用取消になった。いまのおれは働きもせず、文章書きもせず、どうしようもない。このままでは同じことの繰り返しである。
 いま世間は新型コロナウイルスの感染拡大によって混乱と停滞をきたしている。しかしながら無職かつ無産階級たるおれは、そのような境遇だからこそ国家による庇護を受けやすい状況であり、これから数カ月間は福祉資金を得やすい状況がしばらく続くことが予想される。顰蹙を恐れずに言うならば、現状から再起するための機会とも考えられる。
 もともと有していたかもどうかも定かではない創作能力だが、なんら音沙汰がない。何も書けない。せっかくの無敵期間なのだから、これを機に形に残るものをつくったり、そのための良き習慣を身につけたい。何度目だ。
 いろいろ検討した。とりあえずパブリックドメインの文字起こしをすることにした。
 note.comでは、いくつかの商業出版社が新刊プロモーションの一環として本文の先行公開をおこなっており、それが悪くない反応をみせているようだ。おれも真似してみる。
 おれは組織に属して労働に従事し続ける、ということができない。昨年十二月から翌三月まで契約期間をまっとうしたけれど、つくづく身にしみた。だからといってフリーランスとして責任をもって仕事を受注することもできない。面倒くさいのである。実家が太いわけでもない。扶養照会による恥辱をのりこえて生活保護費を受給する覚悟もない。
  ならば、もはや物乞いになるしかない。乞食になるしかないのである。つまり乞食の研究をおこうなうべきで、ググったところ、パブリックドメインの『乞食裏譚』を発見した。明石書店が復刻しているが版面を撮影したものを書籍化したものにすぎない。文字起こしする意義ありと判断した。シンクロニシティである。絶賛連載中である。

○ 四月二十五日(土)

 ひたすら乞食本の文字書き起こし。旧かな遣い、旧字異体字を現代人が読みやすく書き換える作業が手間である。
 セルパブ本の読了。月狂四郎『PCM』。

 PCMとは「パチンコで負けた」の略語である。生きることは戦うことである、というようなことが何度も書いてある。そうだな!と思いながら読み進めていた。主人公は大月五郎というボクサー崩れのヒモ男である。同棲中の風俗嬢がヒモである大月のためにヤクの売人まがいをおこなって生活費やら小遣い銭を捻出していた……それを地廻りのヤクザに見つかってしまい、シマ(縄張り)荒らしの落とし前をつけるはめに陥る。手打ち金として要求されたのは3億円。ヤクザが大月に話をもちかけたボクシング裏興行の賞金も3億円。大月は見世物ファイターとして優勝賞金3億円を目指すことに。
 大月はボクシング一家の五男(末っ子)であり、幼いころから実父との確執があった。父の方針にさからって邪拳をきわめたものの、やがて反発して実家から飛び出すことになる。
 地下ボクシング興行の対戦相手たちも大月とおなじように挫折して何らかの事情をかかえている格闘選手たち。対戦相手たちが内心抱えている葛藤や社会的に追い詰められている者の切迫感などにも描写が及んでおり、これから乞食同然に身をやつしつつあるおれとしては自分ごとのように感情移入し易かった。対戦相手たちにはそれぞれ必殺技と弱点があって、それを大月が試合中に分析しながら攻略していくさまも丁寧に書いてある。格闘技が好きな読み手ならば、臨場感をそなえた読む格闘ゲーム、といった趣を楽しむことができる。月狂さん、漫画の『カフス』どうですか? 格闘描写、けっこう良いと思うんですけど。

 本書『PCM』のあとがきやブログ記事にもあるとおり、新型コロナウイルス感染拡大にともなう一時休業(自宅待機?)を利用して一気呵成に仕上げられた長編小説であり、『PCM』本編においても2020年4月に世界的流行をきたしている歴史的パンデミックについて作中でたびたび言及されている。電子出版によるセルフパブリッシングならではの瞬発力と鮮度を感じた。
 総評としては、たしかに何らかの形で戦っていなければ生きているとはいえない。そうだ!そうだ!やってやるぜ!と勇気づけられました。
 KDPやセルフパブリッシングによって何かを発表している多くの作者は、いち生活者である。ツイッターやブログから窺える生活ぶりをみるかぎり日本の給与所得者の平均年収を上回るような人もいるようだが、結局は労働することによって日々過ごしている生活者がほとんどだろう。それをこれまた似たような境遇の生活者たる読み手がキンドルの読み放題などを利用して読みあさっている。
 汗をかいたり乾いた埃に晒されていたりしながら日々働いている生活者が書いたものを似たような境遇の生活者が読む。これは同時代のブログ作者と読者、なろう作者と読者、一部のヒットタイトル除く商業ライトノベル作者と読者にも同様の関係性が見受けられる。プロレタリア文学のときの作者と読者の関係性とは異なるけれど、この時代ならではの現象なのかもしれない。わからない。雑な思いつきである。

○ 四月二十六日(日)

 乞食本の文字起こし。著者のくせがみえてきた。同じことを繰り返し書いている。文字数稼ぎである。昭和四年にもこんな人がいたのか。でも読みやすい。ユーモアがある。許せる冗長さである。ただし内容が真実かどうか眉唾である。時代考証の資料としての信頼性は……うーん、という印象を受けた。乞食たちを捉えているはずの写真が不鮮明すぎるのであまり参考にならない。三角寛のサンカ本に収録されている写真に雰囲気が似ている。あちらは捏造の疑いが指摘されているが。
 旧字体や異体字を現代読者向けに一括変換するためのフリーソフトを物色した。みつけた。旧仮名遣いを現代仮名遣いに変換するのはフリーソフトでは難しいので秀丸エディタの一括置き換えマクロをもちいた。地道に変換対象になる語句をリストに加えている。のちに他の乞食本や同著者の浅草本も文字起こしするつもりなので役立つにちがいない。
 現在、一章の一節を文字起こしするごとにnote.comに公開している。旧仮名遣いや旧字体などを変換する手間を考えると一章分を文字起こしてから一括でやったほうがてっとり早いのだが……変換用マクロの語句リストはすこしずつ追加していったほうが精度は上がるので、承認欲求をみたすことも兼ねて現在の方式で進めていくつもり。

○ 四月二十八日(火)

 乞食本の文字起こしの続き。首が痛くなる。テキストエディタのウィンドウを小さくして、モニタの上半分に配置した。視線がまっすぐになり首への負担が減ったように思う。
 二十三時ごろ。アマゾンの欲しいものリストを眺めていたら、狙っていたリアルフォースの新品の在庫ありを見かけた。

 日本語配列、テンキーレス、変荷重。しかも新品。価格も2万円以下の相場価格。マーケットプレイス出品。実店舗もあるショップ。購入することに。ただしクレジットカード決済のみだったので、あわてて近所のコンビニATMにゆく。デビッドカードに現金を補充した。
 帰宅してからすぐに注文した。無職で高額な買い物であるのでやや逡巡した。経験上こういうときに一日おいたら買い逃すものである。日本国政府による十万円の現金給付がひかえていることであるし買うっきゃないと決断した。ただし、リアルフォースは全国的に品切れであり、この販売店が自前で運営しているオンラインショップでも扱っているようなので、もしかすると誰かが先に購入しているかも。どきどき。

○ 四月二十九日(水・祝)

 起床。朝九時。電気つけっぱなし。晴れ。
 乞食文字起こし。リアルフォースが気になって手につかず。デビッドカードから代金が引き落とされていたので確保できたとは思うが……。発送連絡まで安心できない。
 しばらくのち。リアルフォース。在庫あったみたい。発送通知あり。五月一日の午前中に届く。やったね。

○ 四月三十日(木)

 起床。朝九時。だらだらしながら一時間後にようやく蒲団から這い出した。
 快晴。乞食本の文字起こし。読めない旧字や異字は少ないが、それよりも当て字の解釈に苦闘する。解読できないものは(ママ)を付与しておく。あとでじっくりやる。ママー。おかあーさーん。

二〇二〇年四月おわり。