血の呻き 下篇(8)
四六
病衰えた娘と、哀痛の為に虐まれ疲れた少女とは、灯火のない暗い室に眠りに沈んでいた。明三は、夜の妖怪のように、音もなく暗がりに起きあがった。
そして、息をひそめて、忍び足に室から逃れ出た。
二分の後彼は、暗い巷の路を、泣くように何か呟きながら、彷徨歩いた。そして、時々立止って、俯れては何か考え込んだ。地の上には、灰色の深い霧とともに、黎明の青ざめた光りが流れて来た。街はそして、墓のような闃寂に沈んでいた。
薄暗い霧の中から、何か物に襲われるような、慌しい足音がして、何かの黒い影が走って来たが、いきなり彼に突きあたって、地面へ転んだ。
「何だ、手前……」
口叱言を言いながら起き上ったのは、茂であった。
「何うした。茂か。何だって今頃走ってるんだ」
「おや、お前か。さあ来い。来い……大変だ」
茂は、いきなり飛び上って喚いて彼の手を摑んでひっぱった。
「何だ。どうしたんだ」
「あの女が……」
「何うした」
「おお痛い。膝の皮をすっかりむいちまった。何だってお前は、俺をつき飛ばしたんでえ」
少年は、足を摑んで立止った。
「ね、あの女が、どうしたんだ」
明三は、苛立しげに言った。
「走らなくちゃいけねえ。……死にかかってるんだ」
「嘘だろう。何うしたんだ」
明三は、ふと立止って愁わしげに、然し慴えたような慄え声で言った。
「お前、ばかな事を、疑ぐるもんじゃねえ。ほら、早く……。死んじまえば、話が、解らねえぜ……」
茂は、怒ったような声で言った。明三は、急にわなわなと慄え出した。そして、ひどく鞭打たれる弱々しい馬のように、苦しげに喘ぎながら街路を走った。
「何して、そんな、事を、したんだ」
「知らない。俺は、何も知らないんだ」
少年は、石に躓きながらぶつくさ言ったが、急に悲しげな声で独言のように呟いた。
「あの女はきっと、……何かのんだんだ」
「何を……」
「きっと、き……っ……と……、毒だろう」
少年は、走りながら泣き出した。明三は、呻くような声を立てて、歎息した。
「ああ、あ」
彼は、弱々しい歩調になって立止ろうとしてはまた走り続けた。
「何故、お前は、僕の所へ来たんだえ」
暫く黙っていた後、彼は腹立しげに刺々しい声で言った。
「どうして、お前……そんな……。あの女が、呼んで来てくれって言ったんだぜ。これは、悪い事か。然し、お前は何所かへ行く所だったのか」
「然うさ。あの女の所へ……」
「ふうむ、不思議な時に思い付いたもんだな……」
茂は、老人のように、考え深げにまた立止って言った。