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二九 ──薄暗い、落葉松林の端に、彼は立っていた。樹立の細い葉は、悩…
三〇 その次の日の夕方、あの魯鈍な百姓上りの若者が、一人の男を連れて…
三一 山崎は、すっかり、厭しい情慾の恣楽の爪にかき挘られて、その膚も…
三二 次の日、靴屋は自分の肩を負傷した。彼は、連れの男と一台のトロを…
三三 その日も、靴修繕師は、仕事を休んだ。 「痛むかい」 明三は、仕…
三四 彼等が、帰って行った時、時子は、扉に靠れて立っていた。靴修繕師は、人々の一番後について、隠れるようにして歩いて来た。 女は、何かを探し索めるようにじろじろと人々を見ていたが、その中に交って、俯れて歩いて来た明三を見ると、慴えたように立竦んで、微かな叫声をあげた。 「ああ……」 そして、二歩ばかり彼の方へ歩み寄ったが、後退りして、わなわなと慄え出した。 明三は、ちらと彼女を見たが、何も言わないで、そこに立止って人々を通り過した。 「何だい。お前
三五 ──明三は、灰色な渇ききった地面に跼まっていた。黄色く、熱の為…
三六 人々が、寝る頃になってから、時子は暗い壁の下、明三の寝床の所へ…
三七 その夜を、彼は、殆んど眠らないで、明した。次の朝、まるで死人の…
三八 暴風は、発狂した獣のような叫声をあげて、狂いまわった。 明三…
三九 昼前に汽車はB市に着いた。 明三は、故郷へ還された流刑者のよ…
四〇 彼等が行った時、酒場では恐ろしい混乱の中に何か大声で喚き立てて…
四一 室の前まで来ると、医師は急に立止った。そして、明三の手を離して、彼から二足ばかり走った。 「さよなら……」 「何故……。貴方は、何所へ行くんです」 明三は、慴えたように聞いた。 「静かに……。お寝みなさい」 医師は、力ない声でそれだけ言って、暗い戸外へ出て行った。明三も、彼について歩き出そうとした時、室の中で尖った雪子の声がした。 「何所へ、行くの……」 明三は、叱られたもののように俯れて、彼女の側へ帰って行った。雪子は、あの時のままの形で、