バトン
父は母のことが本当に好きだったらしい。
可愛くて好きで好きでしょうがなかったらしい。
父は母と出会い、当時同棲していた彼女を追い出して母に猛アプローチしたらしい。
「職場ですっげえモテてさ、めっちゃ焦ったわ」と父は語った。
私が生まれたとき、父はまだ21歳。私は来年21歳。とてもじゃないが結婚とか子供とか考えられない。
「21歳で結婚とか子供とか怖くなかったの?私が男だったら不安で逃げたくなっちゃう。腹括って偉いね。有難う。」
「腹括ったのはみのりだよ。俺はさ、お腹に子供がいるって分かったとき、すげー嬉しかったし、子供が出来たなら、もうみのりは俺のそばから離れねーなー。この先ずっと、みのりと生きていけるなって嬉しかったよ。だめだったけどなー。情けねえ。」
私と父は顔が似ている。似ているというよりはほぼ一緒。尖った唇や顔の輪郭、笑うと目がなくなるところ。向かい合って座っていたら鏡を見ているようだった。
顔だけじゃない。物心ついてから父と生活を共にしたことはないにも関わらず、どんな言葉をどんなふうに使うのか、とても似ていて、本当に私は父の血が濃いのだと思い知る。
母側の家族と共に暮らしていても、どこか私1人だけ他人のような感覚を時々感じるのは、そういうことだと思う。それでも、不器用ながらも、私を愛した母は強い。
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