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福音とは

はじめに

福音とは何でしょう。

クリスチャンに尋ねても、様々な答えが返ってきます。

というのも「これが福音である」とはっきり書かれた箇所が、聖書にないからです。

「いや、ある」とおっしゃる方もいるでしょう。

それも含めて、ご一緒に聖書から確認してみましょう。

福音の意味

マタイの福音書
4:23 イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。

福音とは、ギリシャ語でユーアンゲリオン、「良い知らせ」という意味です。

では一体、どんな良い知らせが、イエス様によって、諸会堂でべ伝えられたのでしょうか。

福音の内容

マルコの福音書
1:14 ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、
1:15 「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。

「神の国は近づいた」これがイエス様のべ伝えた福音です。

すなわち、聖書全体を通して語られてきた、永遠の御国みくに神の支配が、まもなく始まろうとしている、と言うことです。

大切なのは、私たちの所属

大切なのは、私たちがどこに所属するか、ということです。
言い換えれば、誰の支配下に入るか、これが大切なのです。

「神の国がまもなく始まる。だから悔い改めて、この国に属する者となりなさい」そうイエス様はべ伝えていたのです。

私たちは生まれながらに怒りの子であり、サタンの支配下にありました。
そんな私たちを、神様は救い出してくださったのです。

コロサイ人への手紙
1:13 神は、わたしたちをやみの力から救い出して、その愛する御子の支配下に移して下さった

御子みこの支配下にいる人だけが、復活にあずかります。

コリント人への手紙 第一
15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
15:21 死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。
15:22 アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。
15:23 しかし、それぞれに順序があります。まず初穂であるキリスト、次にその来臨のときにキリストに属している人たちです。
15:24 それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、王国を父である神に渡されます。

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

パウロは、復活を信じることこそ、福音の中で最も大切なことだと言っています(第一コリント15章3節)。

なぜなら、キリストの復活は、私たちの復活の保証であり、これを心から信じるなら、私たちはすべてを捨ててしゅに従うことができるからです。

今は戦時中である

聖書によれば、今、神の国は戦争状態にあります。
どんな戦争かといえば、誰の支配に入るか、という戦争です。

エペソ人への手紙
6:12 わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである

自動的に天国へ入れるのではありません。
誰に服従するか、誰の支配に入るかで決まるのです。

罪を犯すなら、その人はサタンに属する者となり、罪を犯さないなら、神に属する者となるのだと聖書は教えます。

ヨハネの手紙 第一
3:8 罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。
3:9 すべて神から生れた者は、罪を犯さない。神の種が、その人のうちにとどまっているからである。また、その人は、神から生れた者であるから、罪を犯すことができない。
3:10 神の子と悪魔の子との区別は、これによって明らかである。すなわち、すべて義を行わない者は、神から出た者ではない。兄弟を愛さない者も、同様である。

信じないクリスチャン

この教えを、多くのクリスチャンは信じていません

というのも、自動的に天国へ行けると思い込まされているからです。

そうではありません。
私たちが何に服従するかによって、その所属は決まってしまうのです。

神の教えに服従する人だけが、天国に属し、義のしもべとなるのだと聖書は教えています。

ローマ人への手紙
6:16 あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。
6:17 しかし、神は感謝すべきかな。あなたがたは罪の僕であったが、伝えられた教の基準に心から服従して
6:18 罪から解放され、義の僕となった。

覚えてください。
今は、誰に服従するかという、戦いの真っ最中なのです。

テモテへの手紙 第一
6:12 信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。

おわりに

「神の国は近づいた」これがイエス様のべ伝えた福音です。
「この国に属するものになりなさい」それが天国に関する教えなのです。

復活を心から信じるなら、私たちは戦いに勝利できます。
なぜなら、復活を信じることで、世の煩いを捨て、神の国と神の義だけを求めることができるからです。

ところが、多くのクリスチャンが「復活を信じる」と言いながら、世のことにかかりきりになっています。
これは茨の中にかれた状態です。

マタイの福音書
13:22 また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。

そうであってはいけません。今は戦争中なのです。

ペテロの手紙 第一
5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている。
5:9 この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである。

サタンは、律法廃止論を持ち出して、クリスチャンを食い尽くしています。

これにだまされるなら、けっして神の国に属することはできないでしょう。

なぜなら、律法に違反することが罪であり、罪を犯す者は、サタンに属することになるからです。

ヨハネの手紙 第一
3:4 罪を犯している者はみな、律法に違反しています。罪とは律法に違反することです

聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

私たちは律法の行いによって救われるのではありませんが、律法に服従することによって、神の国に属する者となるのです。

このブログはきっかけを与えるだけのものであり、間違いのないものではありません。
目を覚まし、聖書の教えに立ち返りましょう。
正しいのは、いつだって聖書だからです。

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