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本当のクリスチャン
はじめに
私たちは誰しも、クリスチャンと名乗ることができます。
しかしその全員が、聖書の定義するクリスチャンであるとは限りません。
聖書は、どのような人が本当のクリスチャンであると教えているでしょうか。
ご一緒に確認してみましょう。
クリスチャンとは何か
クリスチャンとは何か、それは聖書にはっきりと書かれています。
使徒の働き
11:25 そこでバルナバはサウロを捜しにタルソへ出かけて行き、
11:26 彼を見つけたうえ、アンテオケに連れて帰った。ふたりは、まる一年、ともどもに教会で集まりをし、大ぜいの人々を教えた。このアンテオケで初めて、弟子たちがクリスチャンと呼ばれるようになった。
何も難しいことはありません。
キリストの弟子、それがクリスチャンです。
弟子でないというなら、クリスチャンではありません。
弟子となる方法
では、どのような人が、キリストの弟子となるのでしょうか。
これもはっきりと書かれています。
ルカの福音書
14:26 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。
14:27 自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。
(途中省略)
14:33 それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。
何もかも捨てて主に従う者、それが弟子であり、クリスチャンです。
このことを、教会は正しく教えているでしょうか。
テモテへの手紙 第二
4:3 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、
4:4 そして、真理からは耳をそむけて、作り話の方にそれていく時が来るであろう。
真理の道がそしりを受ける
これらの聖句を紹介すると、必ずこう叫ぶ人たちが現れます。
「救いは恵みによると書いてある!」
「おまえは、家も財産も、着替えも食べ物も、全部捨てているのか!」
まずはこのことを覚えてください。
それは私にではなく、主に対して叫んでいるのです。
ヨハネの福音書
8:31 イエスは自分を信じたユダヤ人たちに言われた、「もしわたしの言葉のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子なのである。
一体なぜ、主の言葉を否定するのでしょうか。
教会で、違う教えが語られているからでしょうか。
ペテロの手紙 第二
2:1 しかし、民の間に、にせ預言者が起ったことがあるが、それと同じく、あなたがたの間にも、にせ教師が現れるであろう。彼らは、滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている。
2:2 また、大ぜいの人が彼らの放縦を見習い、そのために、真理の道がそしりを受けるに至るのである。
一体、何を恐れているのでしょうか。
何もかも捨てて主に従うことは、クリスチャンにとって不幸なことでしょうか。
主に買い取られ、主のものとなる。これを恵みだと思わない人がいるのですか?
コリント人への手紙 第一
6:19 あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。
これは恵みによるのであって、行いによるのではありません。
私たちの体も、持ち物も、もはや自分自身のものではないのです。
すべては王のために使われるのです。これはなんと感謝なことでしょう。
本当のクリスチャンとなるために
今、本当のクリスチャンとなるために、聖書の真理を回復しましょう。
私たちは、間違った教えのために、あまりにも真理からずれてしまったのです。
ヨハネの手紙 第一
2:15 世と世にあるものとを、愛してはいけない。もし、世を愛する者があれば、父の愛は彼のうちにない。
世を愛するなら、本当のクリスチャンではありません。
御子に従わない人は、永遠の命を持たないばかりか、神の怒りを留めるとあります。
ヨハネの福音書
3:36 御子を信じる者は永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまるのである」。
また、戒めを守らない人は、本当のクリスチャンではありません。
ヨハネの手紙 第一
2:4 「彼を知っている」と言いながら、その戒めを守らない者は、偽り者であって、真理はその人のうちにない。
(途中省略)
2:7 愛する者たちよ。わたしがあなたがたに書きおくるのは、新しい戒めではなく、あなたがたが初めから受けていた古い戒めである。その古い戒めとは、あなたがたがすでに聞いた御言である。
この戒めとは、神と隣人への愛を教える律法、十戒です。
ローマ人への手紙
13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」など、そのほかに、どんな戒めがあっても、結局「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」というこの言葉に帰する。
新しい戒めとは、愛によってこれを全うせよということです。
ローマ人への手紙
13:8 互に愛し合うことの外は、何人にも借りがあってはならない。人を愛する者は、律法を全うするのである。
この戒めが思いの中に収められ、幕屋や神殿となった人、それが本当のクリスチャンです。
ヘブル人への手紙
8:10 わたしが、それらの日の後、イスラエルの家と立てようとする契約はこれである、と主が言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつけよう。こうして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう。
思い出してください。
幕屋や神殿に収められたのは、十戒だけです。
これはモーセ律法とは明確に区別されます。
コリント人への手紙 第一
7:19 割礼があってもなくても、それは問題ではない。大事なのは、ただ神の戒めを守ることである。
ですから、神の律法である十戒に違反する人は、本当のクリスチャンではないと教えられているのです。
ヨハネの手紙 第一
3:4 罪を犯している者はみな、律法に違反しています。罪とは律法に違反することです。
(途中省略)
3:6 キリストにとどまる者はだれも、罪を犯しません。罪を犯す者はだれも、キリストを見たこともなく、知ってもいません。
神の民
自分が神の民イスラエルであることを否定するなら、その人はクリスチャンではありません。
ガラテヤ人への手紙
6:15 割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。
6:16 どうか、この基準に従って進む人々、すなわち神のイスラエルの上に、平安とあわれみがありますように。
注意してください。
ユダヤ人というくくりが、今も神の目に存在するという教えは、人間の教えであって、聖書の教えではありません。
ガラテヤ人への手紙
3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。
3:29 もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。
ユダヤの民族的救いという話を聞いても、騙されてはいけません。
中東イスラエルの建国を見ても、惑わされてはいけません。
それらはすべて、サタンの罠であることを覚えてください。
「もはやユダヤ人もギリシヤ人もない」という聖書の言葉こそ、真実です。
自分がイスラエルであるという認識を疑うなら、本当のクリスチャンにはなれないことを覚えてください。
ガラテヤ人への手紙
3:7 だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを、知るべきである。
おわりに
聖書のいう、本当のクリスチャンの定義を、あなたは受け入れられたでしょうか。
かつての私は、これを受け入れられず、偽クリスチャンとなっていました。
聖書の教えよりも、教派の教えを上に置いていたからです。
あなたはどうでしょうか。
何もかも捨てて従うほどの価値は、キリストにはない、そう思うでしょうか。
はっきり言いましょう。
それは、復活を信じていないからです。
もし私たちが、この世で自分を使い尽くして、死んだとしても、そこに待っているのは、復活です。
このことを、心から信じられるでしょうか。
主はそれを証明し、弟子たちはそれを信じました。
だからこそ、初代教会の人々は、生き方が変わったのです。
信じるなら、私たちも変わることができます。
「行いは無関係だ」「従うのは苦しい生き方だ」「十戒を守るなら律法主義になる」
それらはすべて、人間の教えです。私たちを堕落させるためにサタンが吹き込んだ、嘘、偽りです。
主の歩みを見てください。彼は行い、従い、守ったのです。
この方が歩まれたように歩むこと、それが求められているのではないでしょうか。
ヨハネの手紙 第一
2:6 「彼におる」と言う者は、彼が歩かれたように、その人自身も歩くべきである。
今、サタンの嘘から脱出して、主の御旨に飛び込みましょう。
そこに待っているのは、喜びと、充実と、永遠の命です。
ヨハネの福音書
6:27 朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである」。
ヨハネの福音書
12:25 自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。
ガラテヤ人への手紙
6:8 すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。
もう、死なないために働くという、獣の生き方をする必要はありません。
生まれ変わって、本来の生き方を取り戻すのです。
今日、間違った教えをすべて手放して、聖書に立ち返りましょう。
正しいのは、いつだって聖書だからです。
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