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実を結ぶことの大切さ

はじめに

マタイの福音書
21:43 それだから、あなたがたに言うが、神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう。

聖書には何度も「実」についての教えがでてきます。
私たちに実を結ぶよう、しきりに教えているのです。

一体なぜでしょうか。
そもそも、実を結ぶとは何を指すのでしょうか。

ご一緒に聖書から確認してみましょう。

実とは何か

聖書が「実」について語るとき、それは聖霊によって結ばれる品性を指します。

ガラテヤ人への手紙
5:22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、
5:23 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。

これを、聖書は「永遠の命に至る実」と呼んでいるのです。

ヨハネの福音書
4:36 刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。

このように、天にふさわしい品性を身に付ける人だけが永遠の命に至るというのが、聖書の教えなのです。

ローマ人への手紙
6:22 しかし今や、あなたがたは罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである

実を結ばない枝は取り除かれる

クリスチャンのうち、実を結ばない者は、父がすべてこれを取り除くと教えられています。

ヨハネの福音書
15:2 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。

本当でしょうか。

ルカの福音書
3:8 だから、悔改めにふさわしい実を結べ。自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく。神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ。
3:9 斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ」。

間違いありません。実を結ばない枝は、ことごとく切り取られて、火の中に投げ込まれてしまうのです。

実を結ばない枝とは

ここで「実を結んだら天国に入れてあげよう」などと聖書は教えていないことに注意してください。
これを勘違いするなら、私たちは律法主義に陥ってしまいます。

「実を結ばない枝」とは、今後も実を結ぶ見込みのない枝のことです。

マタイの福音書
21:18 朝はやく都に帰るとき、イエスは空腹をおぼえられた。
21:19 そして、道のかたわらに一本のいちじくの木があるのを見て、そこに行かれたが、ただ葉のほかは何も見当らなかった。そこでその木にむかって、「今から後いつまでも、おまえには実がならないように」と言われた。すると、いちじくの木はたちまち枯れた。

葉のほかに何も見当たらないなら、その人が今後、実を結ぶ見込みはありません。
これについて、さらに深く調べてみましょう。

実を結ぶ見込みとは

しゅは、どのような人が実を結ぶと教えているでしょうか。

マルコの福音書
4:14 種まきは御言をまくのである。
4:15 道ばたに御言がまかれたとは、こういう人たちのことである。すなわち、御言を聞くと、すぐにサタンがきて、彼らの中にまかれた御言を、奪って行くのである。
4:16 同じように、石地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞くと、すぐに喜んで受けるが、
4:17 自分の中に根がないので、しばらく続くだけである。そののち、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。
4:18 また、いばらの中にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞くが、
4:19 世の心づかいと、富の惑わしと、その他いろいろな欲とがはいってきて、御言をふさぐので、実を結ばなくなる。
4:20 また、良い地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞いて受けいれ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである」。

実を結ぶ見込みのある枝とは、御言葉みことばを聞いて受け入れる人のことです。
苦難があっても、迫害があっても、世の思い煩いや、富の誘惑があっても、決して倒れることなく、御言葉みことばとどまり続ける人のことです。

このような信仰を持つ人は、必ず実を結び、神の栄光を現すようになるでしょう。

ヨハネの福音書
15:7 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。
15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。

おわりに

実を結ぶことの大切さをおわかりいただけたでしょうか。

御言葉みことばを聞いて受け入れる人だけが、実を結ぶのです。
そうでない枝は、切り取られて火の中に投げ込まれてしまいます。

もしも実を結んでいないなら、悪い木につながっている可能性があります。

マタイの福音書
7:18 良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
7:19 良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。
7:20 このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである

「罪の中を歩く人」や「間違った教えを信じている人」に、冷たい言葉を投げかけている人はいませんか?
そのような人は今日、自分自身が切り取られようとしていることに気づいてください。
キリストの教える慈愛や忍耐、寛容が身についていないなら、キリストの言葉があなたにとどまっていないのです。

そんな悪は今日で悔い改めて、
優しい人になりましょう。
親切な人になりましょう。
愛がないなら、一切は無益です。

すべての闇のわざから抜け出して、聖書の教えに立ち返りましょう。
正しいのは、いつだって聖書だからです。

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