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THAT GREEN STRANGE STUFF フィジョワ完結

フィジョワ、幻のフィジョワ⑤続き



フィジョワと全然関係ないけど、

外国で暮らすときにその国のささやかな暮らしの傾向なんかを

発見するのはとても楽しいものである。



外国人と集団生活、寝食をともにする機会というのは

人生の中で頻繁に起こることではない。


瞑想センターの共有のトイレの洗い場で、

食事後と、寝る前になるとぞろぞろ沈黙のままに
皆が集まり

一斉に歯磨きをする。



フィジョワにありつけたものも、ありつけなかったものも、
同じように歯は磨くものだ。


オークランドのセンターで、わたしがなにより
興味津々だったのは、

ひとびとの電動歯ブラシ率の高さである。



欧米人は歯が綺麗かどうかをとても気にする。


アメリカでしばらく暮らしてから日本に帰ると、

むしろ日本人の歯の汚さに毎回違和感を感じるほど、

メンテナンスが行き届いている。



年を重ねて着色がついた歯もそうだし、
色だけじゃなくて歯並びなんかも含めて

意識が全然違う。



わたしが現在
毎月必ず歯医者にいって掃除やらチェックやらを

怠らないのは、いつか「予防歯科」という概念を知ってから
確たるものになったのだが

アメリカに長く住んでいたからも絶対あるとおもう。



日本人の女子で、若くて、お化粧や髪やら洋服を

すごく綺麗にしているのに、口をあけると歯が汚れているのが

欧米人からするとどういう感覚かというと、

ちょうど



めちゃくちゃモデルみたいなルックスの足の長い金髪の
西海岸のおねえちゃん(仮に名前はルーシー)が
手を上げてタクシーを呼ぶと




脇毛がボウボウ



でも誰もあんまりそこは見てないけど
毛に過敏なアジア人はショックを受ける



ていうのにちょっと似てる気がする。




国によって美意識は全然違うので、
好きに取り込めばいいけど。




一回昔

初めて会ったひとにしばらく話をしたあとで

ニューヨークに住んでいたことを告げると



「そうなんだ!何かどっか、あか抜けてると思ったんだ、なるほどね」

と言われたことがある。



「垢抜けている」というのは、

「綺麗」とか「可愛い」とは全然ちがう。



センスがいいともまたちょっと違うだろうし、

そもそも「垢抜けてる」ってどういう要素が含まれているんだろうと

そのあとしばらく考えていた。




いくつか外せないことはあるのだろうが、



真っ先にわたしの頭のなかによぎったのは、


「姿勢」と



「歯の綺麗さ」

であった。




食べることと、歯は直接的に関わっている。



わたしは食べることに関しては紆余曲折を経て今に至るが、

歯に関してはさほど抵抗もなく、

大事にしようとそう思っていて



瞑想センターを出て
下界に戻ったのち、ドラッグストアを徘徊して

どんな種類の電動歯ブラシがあるのかを物色した。





その国その国で、こだわりも集合的な価値観も異なるが

「歯を大事にしているらしい」その国は、

それだけで一気に好感が持てる気がした。





その夜中、

生まれて初めてフィジョワを口にしたわたしは、


そのままほかのキウイ(ニュージーランド人)に習い

フィジョワのファンになった。




翌々日くらいに

スタッフの人に部屋持ち込みの夜食について

”何か問題がないか”訊ねられたとき



わたしは小さな声で、


「あの、緑色の、小さな、あれを

入れてください」

と言った。




その時はまだ、「あれ」の名前を知らずに

ただそう告げて、


スタッフの方は快く、
次の日からもフィジョワをボウルに入れてくれた。

わたしは、


食事の時間に鐘が鳴り、第1軍に混じって
駆け足でフィジョワを確保しに向かわなくとも

悠々と、

幻のそれにありつくことができた


瞑想センターでの

心おだやかな後半の出来事であった。





10日が明け

聖なる沈黙が解かれると



ひとびとは

長い冬があけて溶けた氷が

春の息吹を祝福しながら
花々の間に流れ染み渡るがごとく

にこやかに、話し出す




その10日で毒抜きが進んだ状態の

人々のエネルギーはとても清くて高い。




最初にナーバス(神経質に)でギスギスしていた私も、

幻のパラダイスの味を知り、無事にその10日を胎児とともに終えられたことは安堵でしかなかった。



そして、

沈黙があけてまず、



開口一番わたしが英語で何を話したかといえば、

もちろん



"WHAT IS THE NAME OF THAT GREEN,

THAT GREEN, STRANGE STUFF?"




である。その他にあるかいな。



「あの、みどり色の変な、あの、緑色のやつは

なんていうのですか!!??」




そこにいたスタッフは、

最初わたしが何のはなしをしているかわらかずきょとんとしたのち、

少し経ってフィジョワの話をしていることに気づき



”Feijoa"

”It's called Feijoa."



と教えてくれた。

オークランドに着いたときに
スーパーの名前を何度聞いても聞き取れず

あとから何度も確認しなければ覚えられなかったときと同じように、

それはとても曖昧な音として耳に残り



そのあと調べに調べ

スーパーで存在確認を済ませてようやく、

「フィジョワ」


という二度と忘れない、

単語が

わたしの辞書にひとつ、加わった。





その国その国で口にした、

その味は



その瞬間の自分の身体と

その瞬間のその場所の空気と匂いと

すべての奇跡が折り重なって

たった一度だけ起こる。



それはもう二度と、

この先も二度と体験できるかどうかわからない

そんな経験だ。




もちろん先々フィジョワを食べる機会はあるかもしれないが


その味は、

真っ暗な闇と沈黙の中

臨月のお腹を抱えて飢餓状態のときに深夜

見知らぬ外国の自然のなかで
生まれて初めて口にしたときの同じ味が

再現されることはきっと、ないだろう。







その後

産前産後にお世話になった小さなオーガニックファームの
親切で偏屈な老婆の土地には、数本のフィジョワの木が生えていた。



それはアジア人の臨月の妊婦と同じくらいの背丈の
もそっとした茂みで、


実が熟すと

ぼとり、ぼとり次々と地に落ちる。



地に落ちた、まだ黒ずむ前の硬い緑色の状態を

短いシーズンに

毎日、拾い、拾い、

そして熟れるのを待ち、


すこし黒くなるかならないかくらいに柔らかくなったものから

かたっぱしから手をつけていく。




半分に切って、

そのままスプーンでくりぬいて一口で食べる。



パイナップルグアバとも呼ばれるその
わたしの知らなかった味は、

確かに南の異国の味がして

それは多分、

日本で食べてもさほど
美味しいとは感じないと思う。




傷みやすいので、老婆はしきりに

「フィジョワを拾ってくるように」、と

腹の出っ張った人間に言った。




わたしはその場所での泥臭い作業が大嫌いだったが、

フィジョワを拾うのだけは
別だった。



食べたいものには、労力をかけられる。



拾っても拾っても落ちてくるフィジョワを、

売り切れぬ分は食べるしかない。


ときどき、週末の市場に出すのに
「大きくて熟れているのはあまり食べるな」と言われて

わたしはブスッとした。





朝起きて、

熟れるのを待っているフィジョワの
小さな小部屋の扉を開けると

そこは一気に南国のパラダイスになった。



じーっと見つめて、

食べられそうなものを集めて、
「食べるな」と言われたのに

こっそり何個か食べて、





毎朝

フィジョワから始まる1日


年中出回るリンゴやバナナとは違い


それは、

わたしがたまたま息子を出産した

その前後の短い数週間にだけ



真っ盛りで実をつけて実を落とした。



そしてその頃
わたしが腹の中にいた、未確認生物が

排出されて

それが晴れて人間だったことを確認し


老婆の家から「ふたり」で出たのちは

生のフィジョワを目にすることも、口にすることもほとんどなかった。

(瓶詰めとかボトルジュースは店にあるにはある)





フィジョワ、幻のフィジョワ




いつか、腹の中にいた

彼に、



こんな話とともに

”これが、フィジョワです”と


食べさせてあげる日が来るといい。


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