【2月号3本目】目指せ軟着陸・1 ~パチンコ業界未経験なのに閉店予定のホール経営を任された件~
第一話・店長、辞めるってさ
「拝啓 青井部長殿 本日を持ちまして退職いたします」
グループラインに届いた店長からのメッセージで、青井部長こと青井大成は目覚めた。拝啓には敬具を付けろとか、上司には“殿”じゃないだろうとか。主題以外の部分がまず気になってしまったのは、おそらく現実を正しく認識できていなかったのだろう。
「店長職にある人間がラインで退職を伝えるか? それも当日に」
小さな駅前の小さなパチンコ店、パーラーアオイ。20年務めた店長が今朝いきなり退職した。ほんの3ヶ月前、オーナーである父親から店舗を任された大成は、肩書きこそ部長ではあるもののホール経営は完全に素人である。まずは父親へ相談すべきであろうと電話を鳴らした。
「電話ではなくメールかメッセンジャーアプリを使えと言ってるだろう!」
大成の父・永護は、電話を取るなりそう叱った。いわく電話は伝えられる情報量に限りがあり、検索性に劣りストックもできぬオールドデバイスであると。しかし店長の退職は明らかに緊急事態だ。速度を重視するには電話しかない。ゆえに電話をしたのだと伝えるやいなや、明らかな怒号が飛んできた。
「それのどこが緊急か。お前が現場に出れば済む話だろう。くだらん事で電話を掛けるな。ワシは今から商工会議所で会合だ」
そう叫ぶやいなや返答する前に通話は一方的に打ち切られてしまった。
俺が現場?
パチンコ屋の?
入社3ヶ月で?
「笑うしかない」
大成はそう思った。
と同時に、もともと閉店させるつもりの店である以上なんとかなるだろうと半ば諦め、職場であるパーラーアオイへ向かった。
神奈川の十二月は雪が降らない。それでも街は昨日終えたクリスマスの装飾が残っており、街灯にくくられた濃緑のリースには雪を模した白い造花があしらわれていた。遅めの出勤客が駅へ向かう中、周囲に気を払いつつ裏口から店舗へ入ると、明るく明瞭な挨拶が飛んできた。
「しゃーっす!」
声の主は社員の翔太。テンションが大成より常に三段階ほど高い。
「タイセーさん、ライン見ました?」
「見たよ。見た上で悩んでる」
大成は自身のテンションを隠すことなく口に出した。
「タイセーさんは心配性だから。大丈夫、どうにかなるって」
翔太は親指を突き上げ、満面の笑みを振りまいた。
パチンコ屋の事務所はどうして空気が淀んでいるのだろう。家電量販店から転身してきた大成は、事務所の狭さと淀んだ空気にまず嫌悪感を抱いた。その淀みは「なんとかなるだろう」と開き直って家を出たはずの表情を、「なんとかなるって」と同世代の部下に励まされるほど悪化させてしまう。
ノックの後にドアが開き、小男が事務所へ入ってきた。主任の誠である。
「部長、おはようございます」
自分より十も年上の主任を、大成はあまり好きではなかった。しかし、退職した店長と共に20年近くもパーラーアオイを支えてきた功労者であることは間違いない。
「主任はどう思う?」
「どう、と言われましても・・・・・・。遅番は副店長がいるので大丈夫としても、問題は早番でしょう」
「だよなぁ」
大成は頭を抱えた。
「そもそもなんで店長、いきなり辞めちゃったんスかね」
翔太がしごく当然の疑問を呈した。誠も頷いている。
あの短いラインメッセージから店長の真意は読み取れないが、理由は明確だった。それは大成が父親から呼び戻され、店舗責任者に据えられた理由そのものであったからだ。
パーラーアオイは3ヶ月後に閉店する。
祖父の代から50年にわたって受け継がれてきた、この小さな駅前店を占めると、父の永護が決めたのだ。その上で永護は大成に「3ヶ月間の利益はすべてお前にやるから戻ってこい。遊び金にでもなんでもすればいい」と伝えた。
家電好きが講じて就職先に量販店を選んでしまう大成であるから、自宅は音響機器や映像機器で溢れかえっている。妻との格闘により自室を維持しているものの、子供ができたらそうも言っていられないと覚悟はしている。だからこそ今くらいは趣味に金を使いたいし、ゆえに金は常に不足していた。
父はそれほど羽振りの良い人間ではなく、むしろ“シブチン”の部類と言える。子供の頃から贅沢はさせてもらえず、私立大学の学費を出してくれると言われたときは天地がひっくり返るほど驚いたものだ。
単純なイメージとして「パチンコ屋は儲かる」と思っていた大成は、潰すだけなら猿でもできるだろうと祖業の引き継ぎを受託してしまった。
ぼんやりと、机の上に置かれた売上台帳を見る。
(誰だよ、パチンコ屋が儲かるなんて言ったやつは)
「俺だよ」と、右の口元を上げて苦笑いした。土地建物を自社所有しているにも関わらず経営状況は芳しくない。父の永護は今、インバウンド需要を当て込んだホテル経営に没頭している。前年度までに貯め込んだ余剰資金は、新設したカプセルホテル事業へ盛大に回されてしまった。
社長の監視がゆるくなったのをいいことに、店長は店舗のリニューアルを企画。合わせて大量の遊技機を購入する計画を立てたところ、気持ちの大きくなっていた父はそれにゴーサインを出した。結果、見事に失敗する。
そもそも人口が減っている地方都市にあって、商品を取り揃えたところで集客はままならない。商売の基本は何をおいてもまず立地なのだ。そして地方の商圏はとっくに駅前から郊外へと移っており、昔の父ならばザルみたいな提案を受けた瞬間に「会社を潰す気か」と怒鳴り散らしたはずだ。歳を重ね丸くなったのか、還暦を過ぎてホテルという新天地に心躍り盲目となっていたのか。
「おそらく両方だろうな」
大成はそう思った。
当り前の話だが、会社を潰した経験など大成にはない。未上場の家電量販店でサラリーマンとして8年ほど働き、昨年はアルバイトの女性と結婚。長引く不況で苦しむ家電業界よりも、日銭を稼げるパチンコ屋の方が良いと説得したのだが・・・・・・。
どうやら会社というものは、経営を止めた瞬間、種々の支払いを精算せねばならないらしい。営業しているならば何事もなく回転する仕入れ代金や諸費用も、金の入りが止まった瞬間に、最後の一回転分に必要な金の出が重荷となる。
困った大成は店長へ相談した。3ヵ月後に店を閉めると正直に話した。その間に一定程度の利益を上げたいからよろしく頼むと伝えたところ、給料を受け取った翌日に店長は消えたのである。裏切りとはまさにこのことだろう。
今さら隠しても仕方ないので、主任の誠、社員の翔太にも今日、事実をありのまま伝えることにした。雪だか氷だかの女王も言っているではないか。ありのままの姿を見せることこそ誠意である。大成はそう信じていた。
「二人とも、まずは今日、いつものようにお客様をお迎えしよう。昼前にちょっと話がある」
「ういッス」
「了解しました」
「まあ、朝イチのお客さんなんて一人もいないッスけどね」
翔太の軽口に誠は一瞬眉をひそめ、作業へ戻った。
ほどなく軍艦マーチが鳴り響く。
さあ、開店だ。
開いた自動ドアから、師走の冷気だけが小さく店内に流れ込んだ。
次回は3月号にて
ども、吉田です。なんかいきなり始まった小説ですけど、これには伏線がありまして。
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