生成AIで8割くらい作ったSFサイバーバイオパンクラノベ(4)
第四章
下水道通路は、暗く、湿っぽく、そして、鼻をつくような悪臭が漂っていた。頭上からは、鉄格子を伝って響く街の喧騒。ネズミの鳴き声、水滴の落ちる音が、この澱んだ空気を震わせていた。壁には得体のしれない苔が生え、黒ずんだ水が細い筋となって流れている。
アタリと弾丸坊主は、スケートボードの車輪が下水に濡れないように注意深く進んでいた。
「もうすぐカナ」
弾丸坊主が、小声で言った。
薄暗い通路の先に、人影が見えた。
銀髪が、仄暗い光に反射している。
トリだ。
「アタリ!」
トリは、アタリを見つけるなり、駆け寄ってきた。その表情は、安堵と、かすかな怒りが入り混じっていた。
「死んじまえ! 馬鹿! なんで連絡ねーのよ! ここ、最悪に臭いし!」
トリは、アタリの胸を小突く。
「わりいな。こっちも色々あったんだってば」
アタリは、苦笑しながら謝るが、微かに罪悪感もあった。
「で、誰?」
トリは弾丸坊主を睨む。
「俺の師匠つーかの弾丸坊主だ」
アタリは、弾丸坊主をトリに紹介した。
「よろしくダヨ。お嬢さん」
弾丸坊主は慇懃に礼をした。
トリは、弾丸坊主をじっと見つめると、小さく鼻を鳴らした。
「ふん。チビでハゲ」
「おいおい、失礼だろ」
アタリは、トリの言葉に呆れたように言った。
「ところで、師匠。なんで、あんな場所にいたんですか?」
弾丸坊主は、懐から昆虫食を取り出し、一口齧りながら話し始めた。
「ふむ。まず敵の襲撃を受けたのは、三日前でねェ」
「無事だったんですか?」
「奇襲だから、焦ったネ。何とか撃退したんだが、仕事の邪魔にしては力が入りすぎていタ。身の危険を感じて、地下に潜伏していたのヨ」
「地下に?」
「ああ。地下呪民に助けを求めタ。奴らとは付き合いがあってナ」
「地下呪民と、そんなに仲がいいんですか?」
アタリは、意外そうな顔をした。弾丸坊主は、ニヤリと笑った。
「ああ、ここ二年ほどネ。奴らはとっつきにくいケド、義理堅くて、人情に厚い奴らが多い。それに、情報収集能力は、魔方東京で随一だ。今の俺の情報網の半分は、奴らから得てるようなもんだ」
「へぇー」
「それで、地下に潜伏してたケドさ。イヨイヨ潜んでいた地下呪民の隠れ家まで襲撃されて、地上へ出てきた。……ソシタラ」弾丸坊主はアタリを睨む。「お前サンがヤバい仕事を受けちまったていう話を聞いてねェ」
「いつから追跡していたんすか?」
「阿修羅と戦闘していた辺りから、追跡していたヨ」
「もっと早く助けてもらっても」
「ふむ。状況が分からなかったからネ。お前に接触して、エクリプス・コーポから目を付けられたくはない。とはいえ、驚いたヨ、まさか検体を連れて歩いているなんてネ」
弾丸坊主は、いたずらっぽく笑った。
「師匠。検体のこと、知ってるんですか?」
アタリは、重要な質問を投げかけた。
弾丸坊主は、昆虫食を食べる手を止め、真剣な表情になった。
「お前さんを助けたのは、それが大きいノヨ」
「いったいなんですか?」
「ヤツらの正式名称は、『オルフェンス・シリーズ』というノ。……全員が白縫帝の克隆なんだと」
「皇帝の克隆……」
アタリは、言葉を失った。
トリを含めあの老婆のラボで見た少女たちが、皇帝の克隆だったとは。
「ああ。全部で九体製造されたらしいノ。マー、それだけじゃない。……厄介なのは、それぞれが脳内に、神速情報処理コアってヤツを埋め込まれとるコトだね」
「神速情報処理コア……?」
「あア。人間の脳髄の処理能力を、飛躍的に向上させる特殊なデバイスだとか。最新鋭の疑似電子脳なんかカスみたいなレベルだと」
「検体たちはそんなもんを脳に入れて耐えるんですか」
弾丸坊主は、懐から昆虫食を取り出し、一口齧りながら、トリを見つめた。
トリはむすっとしていた。
「そうそう、ただの克隆ではなイ。きっと奴らの製造にも、特殊な技術が使われているんダロ」
「トリは、N/3って呼ばれていたとか。三体目ってことになるのか」
トリは唸った。「私以外に、八体もいるのかー」
アタリがトリを睨む。
「お前はそのことを覚えているのか?」
「全然」トリはため息を吐いた。
「噂ジャ、九体全員を集めると、強大な力が手に入るらしいヨ。それが何かは、地下呪民も知らんかった。どうせロクなことじゃない」
「でしょうね」
アタリの脳裏に、キャサリンの顔が浮かんだ。あの老婆、そしてエクリプス・コーポは、一体、何を企んでいるというのだ?
「オルフェンス・シリーズは、元々、北米大陸のシャイアン・マウンテンって場所の岩壁内で、冷凍保存されとったらしいノ。それが、一か月前に、東京へ輸送されてきたトカ」
「なんで、わざわざ東京へ?」
「それが、よくわかってネエ。輸送を担当したのは、極東科学防衛隊の防人だったらしいんダケド……エクリプス・コーポが、輸送部隊を襲撃した」
「エクリプス・コーポが……?」
「ああ。奴らは、オルフェンス・シリーズを狙っとった、というコトかの。襲撃の後、九体の克隆は、東京内で散り散りになってしまった」
エクリプス・コーポにとっても、極東科学防衛隊にとっても想定外の事態だったに違いない。
「それで、今はどこにいるんですか?」
「エクリプス・コーポが、三体確保しとるらしい。それと、極東科学防衛隊を統括する白縫帝の側近で丞相のガガって奴らが、三体。地下の連中が、一体。残りの一体は、トリ。そして、もう一体は、行方不明ダネ」
アタリは怪訝な顔をする。
「地下の連中は、一体、何のために、オルフェンス・シリーズを確保したんですか?」
「地下呪民の一部が、N/8を『新人神』として崇めとるらしイ。皇帝の支配から脱却し、新たな神の下に、新たな秩序を築こうとしトル。特に過激派は、検体たちを利用して、魔方東京の物理的崩壊を狙っとる。全部は無理でも、数体集めれば、なんとかなる、って息巻いとったワ」
「魔方東京の……崩壊……?」
「ああ。奴らは、都民の階級的解放には、皇帝の支配を終わらせることだけじゃ不十分ダと。この街の物理構造自体が階級を生み出してオル、というのが主張だネ」
「新たな秩序……」
「スージー・オハラって女が、過激派を率いて、一挙に反乱を起こそうとしてるんじゃ」
「スージー・オハラ……」
アタリは、その名を聞いたことがあった。地下呪民の中でも、特に過激な思想の持ち主として、恐れられている女だ。
「そもそも、なんで、皇帝の克隆なんか作られたんですかね?」
「それが、一番の謎なんじゃ。地下の連中の話じゃ、克隆の製造を提案したのは、白縫帝自身らしいんじゃが……。後継候補にしては、数が多すぎる」
弾丸坊主は、首を傾げた。
下水道の悪臭が、アタリの不安をかき立てるように、濃く、重く、漂っていた。
「そうなんですか、でも……」
「つまんねえなー」トリは、大きな欠伸をすると、アタリの言葉を遮るように言った。「アタシ、もう寝たいんですけど!」
弾丸坊主はくすくすとほほ笑む。
「そうだネ。今日は疲れた。ゆっくり休んで、明日また考えようカい」
三人は、下水道を抜け出し、区画C1へと逃げ込んだ。そこは、ホログラムの赤ちょうちんが軒を連ねる、猥雑な歓楽街だった。
飲酒に身を委ねる酔客たちの嬌声や、喧騒が、夜の空気を震わせる。ここにはまだ他区画の混乱は及んでいないようだった。
「ここの奴らは政治が嫌いな奴らばかりだ。とりあえず、今日はここで休もう」
弾丸坊主は、路地裏に佇む、古びた民宿を指差した。三人は、民宿の狭い畳の部屋に落ち着くと、トリは、ベッドに倒れ込むようにして、すぐに眠ってしまった。
「疲れたんだな」
アタリは、トリの寝顔を見ながら、小さく呟いた。少女の寝顔は、普段の荒々しい表情とは打って変わって、無邪気で、どこか儚げに見えた。
しばらくして、弾丸坊主が風呂から上がってきた。浴衣姿の彼は、アタリの隣に座ると、熱いお茶をすすりながら、口を開いた。
「で、弟子、どうするつもりだ? 計画はあるのかイ」
アタリは眉間に皺を寄せた。
「どうするって……とりあえず、トリを安全な場所に連れていければ」
「安全な場所ダッテ? どうやら、ホントに何も考えてなかったノね」
「すんません」
「この魔方東京に、そんな場所があるとは思えんがのう」
弾丸坊主は、渋い顔をして茶を啜った。
「状況も思ったよりひどいですしね」
「ところで弟子や、この少女はどうしたいっテ?」
「こいつですか……トリは、彼女が行きたい場所に連れて行けって」
弾丸坊主は頭を撫でた。
「それだけ? トリちゃんは、どこに行きたいン?」
「それが……彼女自身も、わかってないみたいなんです」
アタリは、苦笑いした。
「わかってない? なんじゃそりゃ?」
弾丸坊主は、首を傾げた。
「俺にも、よくわからないっす」
アタリは、窓の外に広がる、霓虹輝く魔方東京の夜景を見つめながら、静かに呟いた。
弾丸坊主は、眉間に深い皺を刻みながら熱いお茶を啜る。
「検体がなにかわからんのが、致命的だネ」
「キャサリンも、ガガも、皇帝の克隆を狙っているって異常な状況ですから」
アタリも、弾丸坊主の言葉に同意した。その目的は、まだわからないが、いずれにしても、ろくなことではないだろう。
「トリちゃんは、危険な存在ジャ。エクリプス・コーポも、ガガも、奴らを狙っとる。このまま、魔方東京にいたら、どうなるかわからん」
「え、トリをトーキョーから逃がすってことですか?」
「ああ。トリちゃんをトーキョーから逃がせば、目的地も探せるダロ。それに、奴らの魔の手からも逃れられる」
「でも……どこに?」
「俺が考えていル逃げ先はある。古い知り合いに頼めば、どうにかなりそうナノ」
「どこですか?」
アタリは、食い気味に尋ねた。
「北京に知り合いがいルのヨ。文明度は低いけドね」
弾丸坊主は、ニヤリと笑った。
北京……。大災厄の後、壊滅状態にあると言われている都市。文明レベルは、魔方東京とは比べ物にならないほど低いはずだ。しかし、だからこそ、エクリプス・コーポやガガの追手も、容易には近づけないだろう。
アタリは、少し考えてから、答えた。
「わかりました。俺からトリに話します」
アタリは、トリの寝顔を見つめた。
少女は、穏やかな寝息を立てて、眠っている。
「ちょっと、用事を済ませてくる。すぐ戻るから、二人で大人しくしてな」
弾丸坊主はそう言うと、アタリとトリを残し、さっそうと民宿から出て行った。
数時間が経過した。
外は相変わらず、酔客たちの嬌声や霓虹の喧騒。ナイト・ファイト・クラブ、卡拉OK、映画館……区画C7の夜は、爛爛と輝き、欲望渦巻く坩堝と化していた。
畳の部屋で、トリが目を覚ました。
薄暗い室内で、アタリは窓の外の喧騒を眺めていた。
「アタリ、どこ行くつもりだ?」
トリは、寝ぼけ眼でアタリに尋ねた。
「ん? どこにも行かねえよ」
「あれ。ここどこだよ? つまんねえ場所だな」
トリは、部屋の中をぐるりと見回した。
「一緒に移動しただろう。区画C1だ。赤提灯だらけの場所だ。外は、お前が嫌いなタイプの酒飲みどもでいっぱいだぜ」
アタリは、少し意地悪そうに言った。
言葉に反応したトリは窓から喧騒をじっと見つめた。
「愉しそう……むかつく」
トリはむすっとしたまま小さく呟いた。
「だろうな……」
一度ため息を吐いたアタリは、意を決して、トリに向き合った。
「お前に謝ることがある、トリ」
「なに?」
「エクリプス・コーポのラボで、敵に囲まれてな」
トリは目を尖らせた。
「ふぅん。で」
「囲まれたとき、お前の居場所を教えろって脅されて、承諾しちまった。……師匠が来たから、逃げられたんだけど……。わりい、お前を売った」
トリはため息を吐いた。
「そんだけかよ」
「ああ」
トリは不機嫌そうに呟いた。
「別にいいよ、そんなん。アンタの立場なら、アタシも同じことしていたと思うし」トリは寂し気に俯いた。「私ら、会ったばっかだし」
少しの沈黙。
アタリが口を開く。
「俺が役立たずってのは、マジだ。次の手は師匠が考えてくれた。トリ、お前はこれから北京に行くんだ」
「北京? アタシが? なんで?」
トリは、アタリの言葉に、驚いたように目を丸くした。
「トーキョーにいるのは、危険すぎる。お前を狙ってる奴らが、たくさんいる。エクリプス・コーポも、ガガって奴らも、お前を狙ってる。奴らは、お前を利用して、何か企んでんだろうよ」
「だから」
「だから、北京へ行くんだ。エクリプス・コーポも、ガガも、手出しできない場所だ。安全だ。しばらくの間、そこで身を隠すんだ」
「あんたもついてくるのか……?」
トリは、不安そうにアタリを見つめた。
「道案内だけだ。俺はここに残る。俺はこの街の人間だ」
アタリは、目を伏せた。
「……わかった」
ため息を吐いたトリは、天井を見上げた。
「やっぱ、星がない」
「ただの天井だからな」
アタリは、苦笑した。
「あんたって宇宙とか行ったことがあるの?」
トリは天井を見上げながら、呟いた。
「そんな奴いねえよ」
アタリは、冷めた口調で答えた。
人類宇宙進出の夢は、一世紀以上前に頓挫している。今の人類には、宇宙へ行く技術も、資金もない。
「月にも人を送ろうとしたって聞いたことがある」
「月面都市か……。あれは、人類が描いた最後の壮大な夢だったとかいう奴もいたな」
アタリは呟いた。
月面都市の建設は、二二世紀初頭、資源枯渇と環境破壊に直面した人類にとって、最後の希望のように思えた。月月に、新たな居住地を建設し、人類の生存圏を拡大しようという計画だった。
だが、度重なる経済破綻の末、大災厄が起こり、計画は完全に頓挫してしまった。
アタリはため息を吐く。
「そもそも月なんて見る機会も少ない」
「こんな街じゃあね。月を目指している人は?」
「いねえってば。地球から脱出する手段なんて思い浮かばねえ」
トリは顔を上げた。
「無理なことばっかじゃん」
アタリはバツが悪くなり、視線を下げた。
「そういう街なんだよ、ここは」
トリは無言で立ち上がり、出口に向かった。
「おいどこへ行く、トリ」
「うっせーな、私の勝手だ」
アタリが制止する間もなく、トリは部屋から飛び出してしまった。
「おい……」
アタリは小さく呟き、彼女の後に続いた。区画C7の夜は、けばけばしく輝き、吐き気がするほどの熱気を帯びていた。ホログラムの霓虹が、猥雑な欲望を映し出す酔客たちの嬌声、喧騒、すべてがアタリの神経を逆撫でした。
トリの姿はどこにも見当たらない。三軒ほどの居酒屋を駆け込み、客に尋ねた。
「おい、銀髪の女の子を見なかったか?」
返ってくるのは、嘲笑と泥酔した呂律の悪い言葉ばかり。だが、三軒目の薄汚れた居酒屋で、頭に鉢巻を巻いた若い髭面の男が、「銀髪のねーちゃんなら、俺見たぜ。DHのヤバめな連中に絡まれて、この路地の裏のほうへに連れ込まれていたぜ」と教えてくれた。
DH、ドラゴン・ヘッド。若者を中心に構成されたギャング団だ。装飾的な身体改造とノースリーブのレザージャケットがトレードマークの、厄介な連中だ。
「礼を言う」
アタリは礼を一つ言うと、路地裏へと駆け出した。
心臓が不快なリズムを刻む。路地裏は霓虹の光が届かず、異様な静けさに包まれていた。生ゴミの腐臭と、薬品のような臭いが混ざり合い、吐き気を催す。
路地裏の奥に、人影が見えた。
目に映ったのは、予想外の状況だった。
五人の人間が地面に倒れていた。
倒れていたのは、五人のギャングたちだった。DHの構成員だろう。ナイフやヌンチャクなどの武器も散乱していた。
その中心に、トリが立っていた。
彼女は、血まみれの拳を握りしめ、荒い息を吐きながら地面に転がるギャングたちを睥睨していた。
「トリ!」アタリは駆け寄った。「大丈夫か?」
トリは、いつもの皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。しかし、その目は笑っていなかった。
「うん。当たり前じゃん」
地面に倒れているDHのメンバーたちは、呻き声を上げながらも、動くことはできないようだ。
「けがはないよな」
「ああ。でも、まだだ」
すると、ギャングの一人がよろけながら立ち上がった。男は口から血を垂らしながら、ナイフを手にしていた。
トリはギャングを見つめ、拳を握った。
「トリ、やめろ!」
アタリは距離を詰め、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「なにすんだよ!」トリは、アタリの腕を振りほどこうとした。「私の勝手だ!」
そうこうしているうちに、ギャングはふらふらと逃げ出してしまった。
トリはアタリの手を振りほどくと、アタリに向かって拳を構えた。
「どういうつもりだ」
アタリは言いようのない不安を覚えた。
「うっせえんだよ」
刹那だった。
トリの拳が、アタリの顔面をかすめた。風を切る音とともに、アタリの頬にかすかな痛みが走った。
「おい、何してんだ、トリ」
トリは今度、廻し蹴りをアタリの腹に向かって放った。
アタリは、ジャンプして距離を取る。
なんてこった。
アタリにはトリの所作に見覚えがあった。
まるで阿修羅の動きだった。それにアタリのも混ざっている。
推察はできた。
神速演算処理コアによる動作の模倣か。
「やっかいだな……」
トリの攻撃は止まらない。
彼女の動きは、予想以上に速く、正確だった。上段蹴り、回し蹴り、突き。すべてが、アタリの急所を狙った的確な攻撃だった。
アタリは避けるしかない。
「トリ、落ち着け!」
しかしトリは無視。
「あんたも反撃してきなってば!」
トリは呪詛を吐き出すように吠える。
「ったくめんどくせえ! 知らねえからな!」
次の瞬間、アタリは万能腕輪からウェッブ・ロープを発射した。
粘着性のロープが、トリの右腕と左足を拘束する。
トリはバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
「くそっ……」
トリは、悔しそうな表情で地面に唾を吐いた。それでも、彼女の視線は、アタリを睨みつけて離さない。
「……前に言っていた契約、受けるからな」
アタリはトリを真っすぐに見据えた。
「なに?」
「お前の行きたい場所に連れていくってやつだ。報酬はナシでいい。それで、お前を裏切ったことをおあいこにしてくれ」
トリは鼻を鳴らした。
「……ああ。わーったよ」
アタリは静かに息を吐いた。
「契約成立だ。……北京はどうする? 行きたくねえなら、俺が師匠に相談するけど」
トリはため息を吐いた。「わかんねえけど、そうするしかねえんだろ。そこまで馬鹿じゃねえ」
二人が部屋に戻ってからしばらくして、弾丸坊主が民宿に戻ってきた。顔には、満足げな笑みを浮かべている。
「おー、弟子ちゃん、トリちゃん。待たせたナ」
「どうでした?」
アタリは、弾丸坊主に尋ねた。
「バッチリよ。話がついとる」
弾丸坊主は、自信満々に答えた。
「で、どうやって北京に行くんですか?」
「ふむ。これから、区画A5に行く。そこに、スカイツリーってのが建っとるノよ」
弾丸坊主は、懐から取り出した魔方東京の立体地図を、畳の上に広げた。
「スカイツリー?」
トリは首を傾げた。
「ああ。かつてのスカイツリーを模した軌道エレベータ試験型の残骸ダノ」
弾丸坊主は、地図上のスカイツリーを指差した。
「軌道エレベータってなに?」
トリは前のめりになる。
「ああ。かつて宇宙ステーションに物資を輸送するためにユーラシア大陸で建設された、巨大なエレベータの試験品でのう。しかし、大災厄で破壊されてしまったんだガ、第三代皇帝が、それを東京に運んできたノ」
「へぇ」
アタリが質問する。「そこで何を?」
「スカイツリーの頂上で、北京からの密輸業者とコンタクトする。そいつに、トリちゃんを預けるノさ」
弾丸坊主はトリに向かって微笑む。
「密輸業者?」
トリは、眉をひそめた。
「ああ。奴らは金さえ払えば、どんな荷物でも、どんな場所にも運んでくれる。灯台下暗し、というか、まさかエクリプス・コーポも極東科学防衛隊も地下呪民も魔方東京の頂上を目指すと思うまいネ」
弾丸坊主は、ニヤリと笑った。
「確かに……」
「で、善は急げダ。外はますます騒がしくなってきたヨ」
弾丸坊主は薄汚れた壁に備え付けられた、古びた三次元ホログラムディスプレイのスイッチを入れた。チャンネルをニュースに合わせると、騒々しい映像とアナウンサーの声が、狭い部屋に流れ込んできた。
「――繰り返します。区画B1、区画C3、区画A7にて、同時多発テロが発生しました。犯行声明は、まだ発表されていませんが、当局は、地下呪民による犯行とみて、捜査を進めています」
ホログラム映像には、炎上するビル群、逃げ惑う人々、そして、重武装した極東科学防衛隊の防人たちの姿が映し出されていた。緊迫した状況が、画面越しからも伝わってくる。
「――各区画では、大規模な暴動も発生しています。市民は、パニック状態に陥っており、商店では、略奪行為も横行しています。極東科学防衛隊は、治安維持に全力を挙げていますが、混乱は収束する気配を見せていません」
弾丸坊主がチャンネルを切り替える。
今度は、帝宮前からの中継映像だった。
キャスターの男が告げる。
「――速報です。丞相であるガガ・クオリア氏が、先ほど、緊急記者会見を開き、『事態は完全に制御下にあり、市民は落ち着いて行動するように』と呼びかけました」
画面が切り替わり、厳重な警備に守られたガガ・クオリアの姿が映し出された。
「――しかし、ガガ・クオリア氏の呼びかけにもかかわらず、市民の不安は高まるばかりです。暴動が激化しており、極東科学防衛隊との衝突も発生しています」
再び、帝宮前にいるキャスター。
「エクリプス・コーポのドン・Ω氏は、ガガ氏を名指しで非難する声明を発表しております。ドン・Ω氏は、『ガガ・クオリア氏は、無能であり、事態を収拾する能力がない』と批判しています」
検体を巡る争いが、もっと大きな争いに変化している。
「一体、何が起こってるんだ?」
アタリは、呟いた。東京はかつてないほどの混乱に陥っているようだった。そして、その混乱の裏にはオルフェンス・シリーズの存在があった。
「行くぞ」
弾丸坊主は、アタリとトリに声をかけた。
「混乱は好機だ。この混乱に乗じて、スカイツリーに向かう。今がチャンスだロ」
民宿を出た三人は、人混みに紛れながら、区画A5へと向かった。
区画C1を出ると、街の混乱がますます酷くなっていることがわかった。暴徒と化した群衆が、商店の窓ガラスを割り、商品を奪い合い、怒号が飛び交っている。極東科学防衛隊は、催涙ガスとゴム弾、電子哨戒弾を使って鎮圧を試みているが、焼け石に水だった。
「ひどいことになってんな……」
アタリは呟いた。
「やなもんだな」
フードを被っているトリは、冷めた目で周囲を見回した。
「気をつけろ、二人とも。この混乱に乗じて、悪来どもが暗躍しとるのヨ。油断するな」
弾丸坊主は、二人に注意を促した。
区画A5に到着した三人は、人混みを避け、裏路地を進んでいく。プロップスの部隊が、主要道路を封鎖していた。
やがて、彼らの前に、巨大な鉄塔の姿が現れた。
「あれが……スカイツリー」
アタリは、錆び付いた鉄骨が空に突き刺さるようにそびえ立つ、その異様な光景に圧倒された。
「中に入ろうカノ」
警備は薄かった。
スカイツリー内部は、薄暗く、埃っぽく、廃墟と化していた。
「行くぞ。頂上を目指すヨ」
弾丸坊主は、古びた階段を登り始めた。アタリとトリも、その後ろをついていく。
階段は急勾配で、風も強く、登るのに苦労した。アタリもトリも、黙々と足を動かした。弾丸坊主は兎のように跳躍して登っていく。
眼下には、霓虹輝く魔方東京の街並みが広がっていた。遠くには、東京湾の暗い水面も見える。アタリも、この高さまで来たのは初めてだった。
「アタリ……」
呟いたのは、背後にいたトリだった。
「どした……」
トリは少し俯いていた。
「さっきはごめん」
「何の話だ」
「路地裏で暴れた件。ごめん、荒ぶった」
アタリは小さく笑む。「気にしてねえってば」
「そっか……」
中腹部の広場に出たところで、弾丸坊主は、立ち止まった。
「どうしたんすか、師匠?」
アタリは、弾丸坊主に尋ねた。
弾丸坊主は、何も言わず、鋭い視線で周囲を見回した。そして、小さく舌打ちした。
「なんてしつこい。恐れ入谷の鬼子母神。……敵ダ……」
広場の反対側から、複数の人影が突如現れた。黒いスーツに身を包んだ男たち。
そして、彼らの先頭に立つ、髑髏の覆面を被り、メイド服を着た女。
「お久しぶり、アタリ様」
女は、アタリに向かって、優雅に一礼した。
「荷物を持って、どこへ行くのですか?」
美香・ブシェミ。
彼女の隣には、体格の良い偉丈夫が立っていた。
男は、半分豹のような顔つきをしており、鋭い眼光でアタリたちを睨みつけている。生体改造をしている戦闘狂だ。
「グルル、殺していいかな、美香さん」
男は獣のような声を放つ。
「待ちなさい、ジャガー本郷。まだ、その必要はない」
美香は、男――ジャガー本郷を制止した。
「アタリ様。私たちに、ご同行願えますでしょうか?」
「で、今回は、どんな用件だ?」
「荷物を渡してくださいまし」
「ふん」
アタリは、トリの方を見た。トリは、美香たちを睨みつけ、微動だにしない。
「そうですわ。その少女を、私たちに引き渡していただきたいのです」
「契約は成立していなかったぞ」
「私にも立場があるんですの。ヤシロ・ファミリー内での私の立場を危うくしてしまった。……いいえ、ヤシロ・ファミリー自体が窮地に陥っている」
「挽回したいてっか」
美香は、アタリの言葉に静かに首を横に振った。そして、懐からトンファーを取り出し、構えた。
ジャガー本郷も背を曲げて前傾姿勢をとった。
「依頼主は、荷物を欲している。今度こそ失敗は許されません。アタリ様、最後通牒です。抵抗は無意味ですわ。大人しく、私たちに従ってください」
美香はアタリに微笑み、髑髏の覆面を歪めた。冷たい殺意が、その奥に潜んでいる。
「だりぃけど、しかたねえか」
アタリは指向性重力刀を抜刀した。
「破ッ!」
弾丸坊主も、素早く戦闘態勢に入った。拳に力を込める。
トリは、美香たちを睨みつけ、両手に自動拳銃ベレッタを構えた。
迦楼羅組の組員たちは、一斉に小銃を構える。
一触即発。
空気が、緊張感で張り詰める。
「交渉の余地はねえか、美香さんよ」
アタリが告げると、美香は再び微笑む。
「どちらかと言えば私はこういう展開が好みですの」
「マジかよ」
「……それでは!」
跳躍した美香は、トンファーを振りかぶり、アタリに襲いかかった。毒蛇のように素早く、正確だった。
「破ッ!」
弾丸坊主だった。美香の攻撃を予測していたかのように、瞬時に拳を繰り出し、トンファーを受け止めた。
「お嬢チャン、相手はわしがするヨ!」
組員たちも一斉に射撃を開始。小銃から発射された弾丸が、轟音と共に、スカイツリー内部にこだまする。
アタリは、すかさずウェッブロープを発射し、巨大な柱を伝って、銃弾の雨を回避する。トリも、身を低くしながら銃撃をかわし、組員たちに向かって反撃を開始した。
「じゃあ! てめえの相手は俺だぜ!」
ジャガー本郷が、獣のような咆哮をあげ、アタリに襲いかかってきた。鋭い爪が、アタリの喉元を狙う。
アタリは、指向性重力刀を構え、ジャガー本郷の攻撃を受け止める。青い光と獣の爪が、激しく火花を散らす。
「グルルル……」
ジャガー本郷は、唸り声をあげながら、アタリに襲いかかり続ける。アタリも、一歩も引かず、ジャガー本郷と激しい斬り合いを繰り広げる。
トリは銃撃で確実に組員を一人ずつを仕留めていく。
弾丸坊主と美香も、壮絶な戦いを繰り広げていた。弾丸坊主は、小柄な体格を活かした素早い動きで、美香の攻撃をかわし、強烈な拳を叩き込む。美香も、華麗なトンファー捌きで応戦する。
二人の戦いは、互角に見えた。しかし、弾丸坊主は、徐々に押され始めていた。美香は若く見えるが、百人以上の防人を殺してきたという、凄腕の武闘派でもあったはずだ。
アタリとジャガー本郷は距離を置き、にらみ合む。両者とも、一瞬の隙を突こうと、神経を研ぎ澄ましている。
その時だった。
「うっ……」
トリが、小さく呻き声をあげた。彼女の左肩から、血が流れ出ている。
被弾した。
「トリ!」
アタリは、思わずトリの方を見てしまった。
その瞬間、ジャガー本郷は、アタリの隙を突いた。
獣の爪が、アタリの腹部に深々と突き刺さる。
「ぐあっ……」
アタリは、床に吹き飛ばされ激痛に顔を歪めた。
「グルルル……これで終わりだ、小僧」
ジャガー本郷は、血に染まった爪を舐めながら、アタリに駆け寄ってくる。アタリはなんとか起き上がろうともがく。
「終わり? そうは問屋がおろさねえぜ!」
その時、背後から弾丸坊主の怒号が響いた。
弾丸坊主はジャガー本郷に襲い掛かる。
「おせえよ、じぃさん!」
しかし、ジャガー本郷は、弾丸坊主の攻撃を易々と見切った。
獣の爪が、弾丸坊主の胸を貫く。
「師匠ォォォ!」
アタリは、叫んだ。
「ぐああああっ!」
胸を貫かれた弾丸坊主は盛大に吐血した。
アタリは、痛みをこらえ、立ち上がる。指向性重力刀を握りしめ、ジャガー本郷に突進する。
「来るか! 小僧! ……ん」ジャガー本郷が弾丸坊主から爪を抜こうとしたが、弾丸坊主が腕をつかんでいた。「じじぃが!」
「やれ! アタリ」弾丸坊主の咆哮。
渾身の一撃。
アタリの斬撃はジャガー本郷の身体を上下に両断した。
「貴様のようなガキにぃいい!」
獣の断末魔が、スカイツリー内部に響き渡る。
弾丸坊主が地面に転がる。
「師匠!」駆け寄ろうとすると、吐血している弾丸坊主は手で制した。
「まだだ! アタリ!」
アタリは踏みとどまる。
その時だった。
「本郷まで。……私の部下をこんなに殺しちゃうなんて。ひどいコ」
美香が冷酷な笑みを浮かべながら、トリの背後に立っていた。
彼女は、トリの首にトンファーを突きつけ、身動きを取れないようにしていた。
「トリ……!」
万事休す。
スカイツリー内部に、冷たい風が吹き抜けた。
「私に刃向かうからですよ、アタリ様」
美香は言い放つ。
トリを人質に取られ、弾丸坊主は瀕死。もはや、逆転の目はなかった。
苦しげな表情のトリはアタリを見つめている。小銃を構えなおした組員たちがアタリに迫ってくる。
アタリは舌打ちする。
「さあ、降伏を」美香が告げた。
その時だった。
乾いた銃声が、スカイツリー内部に響き渡った。
迦楼羅組の組員の一人が崩れ落ちた。
額には、小さな穴が空いており、血が流れ出ている。
「な、何?」
美香が叫ぶ。
彼女の視線が、銃声のした方へと向かう。
物陰に潜んでいた三人の人影が姿を現した。
「あなたたちは……」
美香が絶句する。
登場したのは阿修羅、勇気爆発、鴉。
三本槍の三人だった。
「なぜ、奴らがここに……?」
アタリは愕然とした。
エクリプス・コーポの連中まで、この場に現れるとは。最悪の事態だった。
「ひゃあは! これはこれは、大盛況じゃない!」
阿修羅が、高らかに笑い声を上げた。
「なにを考えているのです!」美香が吠える。「三本槍の阿修羅!」
「決まってんじゃん、美香ちゃん。その娘いただいていくよ!」トリを睨んだ阿修羅は跳躍し、背中に生えた四本の腕を展開し、銃撃を開始した。
迦楼羅組も応戦。
アタリも動き出し、一人の組員を斬り伏せた。
三つ巴。
「勇気! それが力!」
勇気爆発は、轟くような声で叫び、巨大な掌で組員たちを薙ぎ倒していく。
黒ずくめの女――鴉は、音もなく空を舞い、組員たちの頭上に爆弾を投下する。爆風で、組員たちは吹き飛ばされ、悲鳴が上がる。
「あぁら、美香ちゃん、タノシそうじゃない!」
阿修羅が、甲高い声で叫びながら、美香に接近する。彼は、舞踏するように軽やかに跳ねながら、四本の機械腕から銃弾の雨を降らせた。
「ひゃあは、もっと踊りなさいってば! 荷物は横取りしちゃうねえ!」
「この期に及んで面倒ですね!」
美香は、トリからわずかに距離を取り、阿修羅の攻撃を回避する。
その隙を逃さず、アタリはウェッブロープを天井に発射し、スウィング。
トリの腕を掴んで、救出する。
「トリ!」
「アタリ……」
腕を掴まれているトリは、驚いた表情でアタリを見上げた。
「行くぞ!」
「でも、オッサンが……」
弾丸坊主は床に伏せたまま。
「わーってんだよ!」
アタリは、トリの腕をぐっと掴みなおし、広場から逃れようとした。
だが。
「待ちなってば!」
阿修羅の弾丸がロープを引き裂く。
アタリとトリは地面に落下。
すぐさま、阿修羅が二人の前に立ち塞がった。
「またお前かよ!」
容赦ない射撃。
アタリは、指向性重力刀を構え、阿修羅の銃弾を跳ね飛ばす。
「ひゃあは! なかなかやるじゃない!」
阿修羅は、楽しそうに笑いながら、アタリに銃撃を浴びせ続ける。
アタリは、トリを守りながら冷静に攻撃をかわし、阿修羅に接近。
一気に指向性重力刀を撥ね上げた。
「ちぃ!」
攻撃を避けた阿修羅は、壁まで跳躍した。
刹那、トンファーを振り上げた美香が再びトリに襲いかかった。
「大人しく、私に従え!」
トリだってやられてばかりではない。
「どいつもこいつも好き勝手言いやがってさあ!」
赤い瞳が光る。
トリは怯むことなく、美香に向かってトリガーを引く。
放たれた弾丸は、髑髏の覆面をした美香の額を正確に貫く。
「あら……」
勢いそのまま美香は地面に転がった。
スカイツリー内部は、地獄絵図と化していた。
銃声と爆発音が、まるで雷鳴のようにスカイツリー内部に轟き渡る。
混沌とした空間の中、アタリとトリは背中合わせに立ち、周囲を警戒した。
煙と埃が視界を遮り、敵味方の区別さえつかない。激戦の影響、床は傾き、崩落の危機が迫っていた。
「おい、アタリ! まだ戦えっか?」
トリが、耳元で叫ぶように尋ねた。
「ああ、もう限界だけどな」
「二人だけになっちゃったねえ」阿修羅の甲高い声が、銃声の合間を縫って聞こえてきた。「でも、アタシはまだまだ遊ぶよ!」
彼は回転しながら落下する瓦礫を華麗に避け、六本の腕を自在に操りながら、アタリたちに向かって銃弾を浴びせてくる。
それだけではない。
「勇気! それが力!」
勇気爆発の巨体がアタリに迫る。
アタリは舌打ち。
こいつの一撃一撃が重い。攻撃のたびに、床が傾いている。
一撃必死。
だが。
「使わせてもらう」
アタリはウェッブロープを天井の鉄骨に引っ掛け、素早く移動する。勇気爆発の巨大な拳が、アタリの頭をかすめ、轟音と共に、壁を粉砕した。その衝撃で、さらに床が崩れ落ちた。
と、今度は鴉が空中で待ち構えていたが、アタリはスウィングの勢いを活かし、その腹に蹴りを入れた。
トリは、アクロバティックな動きで銃弾をかわし、阿修羅に向かって反撃を開始した。二丁のベレッタから放たれる銃弾が、火花を散らす。
二人は、息の合った連携で、三本槍の猛攻を凌いでいく。
「らちが明かない! 阿修羅よ、勝負を決めようぞ!」
勇気爆発。
掌の形をした巨大な体躯を活かして、アタリたちに再び襲いかかってきた。
「おっさん、まじで面倒だぜ!」
アタリは、ウェッブロープを勇気爆発の中指に引っ掛ける。
「何をする!」
アタリは勇気爆発に一気に接近。
「地面と衝突しろ!」
指向性重力刀を叩きこみながら、ロープをグイっと引っ張る。
「な!」
勢いがついていた勇気爆発はベクトルを変えて、床面に突っ込んだ。
すさまじい激突音。
スカイツリー全体が、勇気爆発の衝撃でさらに激しく揺れた。
いよいよ床が崩落した。
スカイツリー内部にいた全員が、空中に投げ出された。
鴉は、落下する鉄骨に絡め取られ、闇の中へと消えていった。
耳をつんざく金属音と、人々の悲鳴が、混沌とした空間を満たす。
空前絶後の破壊。
アタリは、落下するトリに向かって、ウェッブロープを発射した。ロープが、トリの身体に巻き付き、二人は空中でしっかりと抱き合った。
「トリ、しっかり掴まれ!」
「わかった!」
「さあ、クライマックスねえ!」
空中で回転しながら落下する阿修羅が、高らかに叫んだ。彼の髪と衣装は、乱れながらも、その表情は、依然として狂気に満ちていた。
「黙れ、クソが!」
トリは、阿修羅に向かって、拳銃を乱射した。
飛翔する弾丸が、阿修羅の機械腕を正確に撃ち抜いた。
「嬢ちゃん、やるじゃないのぅ!」
「まだ終わりじゃねえっての!」
アタリも指向性重力刀で、阿修羅の銃弾を跳ね飛ばしながら接近。
弾丸の雨をかいくぐられた阿修羅は嬉し気に莞爾。
「笑死! やられちゃったわ!」
「これで幕引だ!」
アタリは指向性重力刀を振り下ろし、阿修羅の両脚を切断した。
血飛沫が、空中で霧散。
「最悪ねえ!」
阿修羅は、断末魔の叫びを上げながら、落下していく。
まだ終わりじゃない。
このまま落下すれば死ぬ。
身を守るにはどうするか。
アタリは指向性重力刀を操作し、反発力を最大限に引き出して、周囲の物質を吹っ飛ばす。
「覚悟しろよ、トリ!」
アタリは、トリを強く抱きしめると、崩れ落ちる瓦礫の山に向かって、落下していった。
第五章
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