【小説】「緋天山陽焔寺」06
夏夜子と夏巳は目的地である 山寺。【緋天山 陽焔寺】の登山口に辿り着くと、空には輝く星と白銀色に光る大きな丸い月が、真っ暗な夜の空に浮かんでいた。
車は近くにある参拝者用の広い駐車場に停め。二人は何十段もある、山寺の長い階段をひたすら上った。
一歩一歩階段を上がるたびに夏巳は汗でベタベタになりヘトヘトに疲れていた。
いくつもの背の高い赤い外灯が、何十段もある長い階段を照らしている。
夏夜子は鼻歌を歌いながら階段をあがり、実家に近づけば近づくほど元気よく上っていった。
事情は何にせよ、久しぶりに家族に会えるのはやはり嬉しい。
「ちょっと、まってよ!母さん……」
いつも部屋に引きこもりで、一日中敷き布団の上でダラダラ生活していた夏巳には、山寺の長い階段を上るという行為が苦でしかなかった。
背中に背負っている、軽い物しか入ってないリュックサックもすごく重く感じる。
これから毎日この階段を上り下りするのかと思っただけで、どんよりとした気分になった。
山寺の真っ赤な総門の前に着いた夏夜子は、夏巳が隣にいないことに気がつくと、後ろを振り返る。
「なっちゃんー 大丈夫ー?」
((全然 大丈夫じゃねぇーよ))
「ちょっと休憩〜っつ!」
「なに言ってるの? ダメよ。階段で休憩なんてしちゃ〜 危ないでしょ!」
後ろでモタモタする夏巳の姿を見て、夏夜子は階段を下りながら、蹲る夏巳の腕をグイっと引っ張り体を起こした。
「オレもう、つかれたぁ…… 」
「夏巳、すぐそこなんだから一緒に頑張ろう?お爺ちゃんも待ってるんだから!」
((うぅ〜))
夏巳と夏夜子が何だかんだ言い合いながらも、山寺の真っ赤な総門を潜ると。境内にあるいくつもの石灯籠には火が灯ともされ。三門や参道 仏殿にも灯がともり、寺全体が赤く燃える炎に包まれたような、妖しくも美しく。
幻想的で、まるでこの世とは違う別世界に迷う込んでしまったような。何だかとても不思議で、夏巳を変な気持ちにさせた。
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ピンポーン(玄関チャイムを鳴らす音)
「お父さーん?」
陽焔寺には修行僧や参拝者が泊まる為の宿坊もあり、住職 家族が住む庫裡とよばれる邸宅が法堂から少し離れた場所にある。
「あれっ……お父さんいないの〜?」
夏夜子は何回も玄関のチャイムを押したが、誰も出てこない。
「出かけたんじゃない? 電話したら?」
「 う〜ん……ここ電話は使えないからっ」
「はぁっ!?電話使えないの?じゃあ、どうすんだよ!?」
「下山して駅近くにある商店まで行けば使えるんだけど…… 」
──最悪。
「つか、どうやってお爺ちゃんにオレ達が寺に来ること知らせたんだよっ」
「一ヶ月も前に手紙書いて出したんだけどな……お父さん読まなかったのかしら?」
「手紙って…… (汗)」
「仕方ないなぁ……夏巳。お爺ちゃんが帰って来るまで、お寺をグルッとまわって、おみくじでも引きに行こっか?」
「ヤダ。」夏巳は即答した。疲れてもう一歩も歩きたくない!
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夏巳は玄関の木の柱にもたれながら石段に座り。リュックサックのポケットの中に入れたゲーム機を取り出して遊んでいた。
夏夜子は自分の鞄からスマホを取り出し、スマホのホーム画面のデジタル時計と睨めっこしている。
「あのさぁ……母さん」ゲーム機のボタンを連打しながら夏巳は夏夜子にそっと話しかけた。
「うん、なに?」
「この寺って、なんか変だよね?」
「えっ? どうして?」
「だって…… 灯りがついてるのに誰もいないなんてさ、おかしいじゃん」
「ああ、あれね? あれは「灯り」じゃなくて……「守火」って言う、このお寺全体を警備してくれている、生きてる火なのよ」
「生きてる火?」
「そう、夏巳はまだ会ったことがないから信じてもらえないと思って……お母さんちゃんと話しをしてなかったんだけど、お爺ちゃんが住んでる、この緋天山には── 」
夏夜子が楽しそうに夏巳に話をしだすと、邸宅に敷いてある、白玉の砂利道を誰かがジャラジャラと踏み歩く音がした。
「あぁん? オイ。お前らぁ……そこで何してんだぁ?」
まるで地獄の底から聞こえてくるような、恐ろしく低く独特な男の声が、玄関に居座る二人に話しかけた。
声の主は夏夜子の父であり、夏巳の祖父である 善宗だった。
「ああっ!お父さん!」
「えっ!?……お爺ちゃん? 帰ってきたの?」
夏夜子は立ち上がり、笑顔で父のもとに駆け寄ると。夏巳もゲームのスイッチを切り、リュックサックの中にゲーム機を放り投げて、慌てて夏夜子の後についていった。
善宗は自分の後ろに数人の僧侶たちを従え。夏夜子と夏巳が待っている間、ずっと山の中にいたようだった。
陽焔寺には山奥へ入るための入り口に四方八方と赤い門が立てられてあり。何人もの僧侶が門を潜り境内へとぞろぞろと姿を現わした。
「おーい。お前らぁー!今日はもう身支度済まして寝ていいぞぉ? 明日も早いからなぁ」
「はい!」
善宗がひと声をかけると、僧侶たちはみんな散ばらけて行き、夏夜子と夏巳にゆっくり近づいてきた
夏巳は初めて見る、自分の祖父の顔に驚きを隠せないでいた。何故なら善宗は自分の想像していた「おじいちゃん」からはあまりにも、かけ離れた見た目をしていたからだ。
長い髪 耳には大きな数珠玉のようなピアス。
黒い口髭 鋭い目つきに筋肉質な体格 恐ろしく高い身長に長い足。
夏巳が想像してた「おじいちゃん」は漫画やアニメに出てくるコミカルで背も低くて、なんだか憎めない可愛い感じのお爺さんだった。
けど今自分の目の前にいるのは、どこからどう見ても、ゲームの最終ステージとかに出てくる、なんど倒そうと挑んでも死なない「最強のラスボス」って感じだ。
夏巳には善宗の全身から物凄く邪悪 なオーラが放出されているように見えた。
──とりあえず、ここに居る間は、爺ちゃんには逆らわないようにしよう(汗)
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チ―ン(仏壇のおりんが鳴る音)
夏夜子は、リン棒でおりんを叩き鳴らし、仏壇の前でそっと手を合わせて、ご先祖さまに挨拶をした。
善宗はリビングにある 高級そうな大きな黒いソファーの真ん中に座り、赤ら顔で酒を飲みながら向かいのソファーに大人しく座る、夏巳のことを舐めまわすようにジロジロ見ていた。
「しかしまぁ~大きくなったなぁ。最後にあったのは夏巳がまだ二歳くらいの時かぁ?」
「そ、そうなんだぁっ…… オレ小さかったから、あんまり覚えてなくてっ」
「こーんなん豆粒みてぇだったんだぞ? ブッハハハ」
「あはは(汗)」
怖。爺ちゃん…… 笑うと怖さが100倍増しになる。声もデカイし目が合っただけで背筋がゾワゾワする。
「夏巳ー? お母さん 今から晩ご飯の準備するから、先にお風呂入って~」
夏夜子にそう言われると、夏巳は自分のリュックサックから着替えとタオルを取り出し。急いで風呂に入る準備をして、善宗から逃げるように浴室に行こうとした。
「おい おい。夏巳ぃー!」善宗にいきなり大声で呼び止められ、夏巳は驚いて飛び上がった!
「えぇっ…… な、なにっ!?」
「浴室はそっちじゃねぇーぞ? あっちだ! あっち! 自分の家ん中で迷子になんてなるんじゃねぇーぞぉ?」
「は、はーい。気をつけるよ~お爺ちゃんっ」
善宗は夏巳に白い歯をみせてニヤッと笑い、自分の手に持った、酒と氷の入ったグラスをカランカランと軽く揺らして豪快に飲み干した。
──び、びっくりしたぁ〜。 爺ちゃん 笑顔 怖すぎだろっ!!
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