一人旅二日目の日記(下):山代温泉と山中温泉のはしごと雪の中の運転はちょっとしたサバイバル
時刻は15時半、北陸らしい曇天で空はすでに薄暗くなり始めているし雪も激しくなってきていたので、まともな人間は帰路につくような状況だったのだけど、私はいつもの過活動スイッチが入ってしまい、温泉に向かうことにする。
今回旅行してみて初めて気がついたのだけど、この加賀・小松一帯は温泉リッチなエリア。しかも、総湯(そうゆ)と呼ばれる共同浴場が各地域にあって、500円で温泉に入れてとてもお得。要するにそれは銭湯なんだけど、しっかりとした温泉で、湯量が多い。
宿のお兄さんによると、山代温泉の古総湯(こそうゆ)は、昔ながらの温泉の形を再現していて、それだけに洗い場でシャンプーや石鹸が使えないという。でも源泉掛け流しで、この周辺では一番お湯がいいから行っておいで、と。なんだその温泉原理主義!と驚くが、郷に入りては郷に従えだ。
そういうことなら、とまずは遠い方にある山中温泉まで行って髪の毛や体を洗ってから、山代温泉に戻ってきて綺麗な身体でチャポンと入浴すればよし、と段取りをつける。
まずは山中温泉の菊の湯へ。ここはとっても広々とした共同浴場で、ロッカーの番号が100番まであったから100人入ることを想定しているのだと思う。番台のおばさんは電話で誰かと話している。忘れ物をした高齢者なんだと思われ、「だーかーらーね、山田さん!!今度きた時に取りに来ればいいからさ!」と5回くらい大声で繰り返していたけど相手はしきりに忘れ物がそこにあるかどうかを聞いている様子。公共の仕事って大変だ。そっと券売機で500円チケットを購入して電話中のおばさんの前において入る。
地元の人が多くてなんだか肩身が狭い気がしたのでそそくさと体を洗ってお湯に入る。
東京の銭湯と何が違うって、まず湯船が深いこと。腰うえくらいまであるので、水深1メートルくらいだろうか。ほぼプール。そして、これは東京も一緒だけどおばあちゃんがいっぱいいて、賑やかに集会を開いている。
銭湯ではいつも思うのだけど、人間の肉体て、時間の経過とともに重力に負けたり、痩せてしまったり、曲がってしまうものだ。でもたまにキレイな身体のおばあさんがいて、そういう人は大体洗い場や湯船でストレッチをしている。今回も湯船の中で全身を順番にゆっくりと伸ばしていっている70歳くらいの女性がいて、背筋が伸びていてかっこいいなと思う。私ももちろん日々老化しているしそれは止めようがないのは分かっているんだけど、できるだけゆっくりとそこへ向かいたいのでそのおばあさんをお手本にしながらこっそり湯船の中でアキレス腱を伸ばす。10分ほどで熱くなって出る。
山中温泉の菊の湯を出た時点でかなりポカポカ。もう温まったし、正直いうとこれ以上お風呂に入る必要性は感じなかったのだけど、ここまで来たからには、と半分ムキになって車で15分ほどの山代温泉の古総湯へ。
山代温泉の古総湯は、明治時代の入浴方法を再現したお風呂屋さん。シャワーや独立した脱衣所などがなくて、浴室の隅っこにある棚のところで衣服を脱ぎ、お湯でさっと体を流したら入浴する方式。ちゃんと体を洗えていない人がたくさん入るって・・・ってちょっと汚い気もするけど、源泉掛け流しだし、気にしなくてもいいのかもしれない。
ちなみにこのお風呂空間、濃い木材とタイルの取り合わせ、ステンドガラスもキレイで崇高な感じさえする。お湯もとろっとしていて、すごく良い。
浴室は12畳くらい?のスペースで、先客が4名ほどいた。女子二人組がいて、その片方が看護婦らしいのだけど、彼女が病院に置いてあるテーピングを盗んで使っている話で笑っている。お風呂とサウナとエレベーターでは他人の話が容赦なく頭の中に入ってくるのは何故だろう。
2回目の入浴を済ませ、「さぁ、帰るぞ」と思ったら外はもう暗く、雪も強い。たった20分程度の運転だったにも関わらず、ものすごく長く感じる。特に滝ヶ原ファームのあるエリアに入ってから雪が強まっていて、街灯もなくて自分のライトだけが頼り。
さらにカーナビが「絶対それ違うでしょう!」っていう感じの畦道を示すようになり、一気に不安が増してくる。深呼吸をして、一旦カーナビを無視して、Googleマップと街灯を頼りに運転を再開。
民家の入り口でUターンしたり、畦道から田んぼに落ちないように気をつけて切り返したりしつつ、やっとこさ戻った頃にはもう18時すぎ。
お宿に戻ってきて滝ヶ原ファームの看板を見たら、心底ホッとした。記念撮影。「遅いから心配したよー」とお宿のお兄さんにも声をかけてもらう。事故を起こしたりせずに帰れて良かった。ただ雪の中を運転して帰ってきただけなんだけど、アドベンチャー感がすごかった。やっぱり日頃やらないことをやるって大事。
一人旅ってなんだか寂しいし、わざわざ好んでするもんじゃないと思っていたけど、いいものだなと考え直す。人間と関わる時間が長くて疲れた時にはこうやって、一人でよく知らないところに行くようにしよう。