【うっせぇわ】社会現象のAdo「うっせぇわ」MV1億再生突破!【業界ニュース】
最近流行の女子高生シンガー「Ado」の「うっせぇわ」が1億再生を突破したというニュースが出ました。
初めて聴いたときの印象は、「声の種類が豊富」「サビ前のブレイクが好み」「歌詞に共感できる」でした。
今回の記事ではAdoから見る世相と、この現象をどう考えるべきかをビジネス的な視点で見てみたいと思います。
若者はおっさんが嫌いなのは、どの世代も一緒
「うっせぇわ」は、おっさんが嫌いとか、同調圧力への抵抗とか、世代間のギャップとか、が散りばめられていますね。女子高生を中心に歌詞に共感するという意見も多いようです。
おっさんも当然ながら昔からおっさんだったわけではなく、昔は若者だったはずなのに、いつの間にかおっさんになってしまいます。
昔から若者はおっさんが嫌いでした。
そして、世にいう常識や当たり前といった社会に対しては息苦しさを感じていました。
それは、30年前も、50年前も、100年前も同様でした。
どの時代でもそれぞれの世代で必ず、若者はおっさんを嫌ってきました。
そして、みんなこうも思っていました。
「あんなおっさんには絶対ならない」
そして、そう思っていても若者からは、おっさんとして指をさされるのです。
勿論、中にはいい年の取り方をしている方も大勢おられます。若者から慕われている方もおられます。
しかし、若者を全く同じ目線や感覚を共有できるかと言えば、そんなことはありません。絶対。
ここでの問題は、おっさんの方はそうは思っていないことです。
おっさんは、まだ自分がおっさんであることに自覚がありませんから、自分の信じる感覚やセンス、価値観が古くなってしまっていることに気づかないことが多いです。
むしろ、それこそがおっさんの特徴だと言えます。
仕事の経験を積み、大抵の問題に対処できるようになり、日々の仕事をこなすことには何の不自由も感じることがなくなってきた頃、新しい物事への対応が少しづつ鈍くなっていきます。
経験によって、新しい物事へも従来の経験や知識を応用することである程度対応できるようになっていった結果、もはや新しいことを勉強する必要が無くなるのです。
そして、客観的にそのことを理解して、意識してこれまでと違ったことをすることが出来る人は、まだまだ若い感覚を取り入れていくことが出来るのですが、ほとんどのおっさんは客観的に自分をみることが出来ません。だからこそおっさんなのですから。
こればかりはどうしようもありません。
Adoの歌詞では敵視されている、当のおっさんはこの歌詞を聞いて思うことは、「昔はそう思っていたな~」であって、まさか自分のことを言われているとは思わないのです。
そんな鈍感なおっさんのことが若者は嫌いですから、いつまでもおっさんは嫌われることになります。
さらに言えば、そのおっさんから見たおっさん(=若者から見たおじいさん)のことをおっさん(古い人間)と思っています。
ですから「若者を中心に人気」と言っているAdoですが、実際はおっさんも共感しています。
自分のこととは気づかずに、です。
歌わせたい声をしている
さて、ジョークのような話はさておいて、Adoの魅力について所感です。
この楽曲の中だけでも、がなるような強い声、ソプラノ歌手のような響きのある声、優しい声と、非常に幅広い声をお持ちです。
声色をこれだけ変えられるということは、それだけ表現の幅が広がるということです。
しかも、この数年のボカロP達が生まれたおかげで、巷にもプロ顔負けの作曲家たちがたくさんいます。
彼ら、彼女らの中には、ボーカロイドに歌わせるだけではなく、本当の歌手に歌ってほしい思っている人も少なからずいます。
こうした人たちが、発表の場としての「歌い手」がいることも、この時代ならではです。
Adoの声は、こうした人々惹き付けるものがあります。
YouTube・Spotifyから生まれる数々のヒット、今後のヒットの法則
この時代の特徴として、発信と拡散があります。
インターネットとアプリの発達で、本当に才能が発掘されやすくなりました。
YouTubeなどを使って、自分を表現する場を持つことがアーティストにとって必要不可欠な時代となりました。
声や歌、演奏、作曲能力、動画編集力など、様々な才能が組み合わさって、一つの作品が生まれるというサイクルが完全に定着してきました。
これからはアーティスト個人というよりは、プロジェクト単位・企画単位での作品のようになっていくでしょう。
そうなると、「誰もが知るスーパースター」というのも少なくなり、逆に「身近なスーパースター」の数は増えていくことになると思います。
「誰もが知る、憧れるスーパースター」は、時代を象徴するようなものでしたが、今や「時代」という長いスパンではなく、「今週」とか「今月」くらいの短いスパンでしょっちゅうスターが生まれるような時代です。
昔を嘆く向きもわからなくはないですが、常に新しいものが生まれ続けるというのは、業界にとっては、良いことだと思いますし、産業全体の底上げになると思います。
今までのように人気の人はほんの一握りなのは変わらず、その一方で「全くの無名」だった人も「少しは有名」になっていくので、産業全体としては底上げになる、というイメージでしょうか。
中層階級の人が増えていくので、それだけ豊かな世界に近づくのではないか、総幸福量は増えるのではないか、というのが仮説です。
中層階級が増えて、多くの人の音楽のリテラシーが上がってくると、多様性が増すと思います。何故なら、似たようなことをやっていても、他の誰かに埋もれるからですね。
自ずと、少しづつでも違ったものを作らないといけなくなります。
例えば、このnoteを見てもわかるように、誰でも発信できる世の中になって、これほど多くの人が表現して発信していて、みんな少しづつ目的や目標が違っていて、それぞれの生活や考えが見られて面白いですよね。
でも、全員が所謂物書きの「プロ」か、といえばそんなこともないでしょうし、でもものすごく文章がうまい人もいますし、稼いでいる人もいるでしょう。
でも、ぶっちぎりで誰もが認める程、大成功している人はその中のごくごく一部ですよね。
これと同じようなことが音楽業界でもこれからどんどん広がっていくと思います。
あと、3年後くらいにこの記事を振り返ると面白いのかもしれません。
最後まで読んで頂いてありがとうございました!