それでも、やっぱり、ボクは猫が嫌い【 超短編小説 】
「 嫌いだよ 」
「 僕は猫が嫌いだ 」
「 公哉《きみや》くん、猫アレルギーなの? 」
雅人はとぼけたことを真面目な顔で聞いてくる。
「 健康面じゃなくって精神面で嫌いなの 」
「 うーん…… 」
雅人は眉を寄せて唸った。考え込まないとならないくらいの事を僕は言ったのだろうか? もう小学六年生なんだから分かるよね?
雅人は脇に置いてあるはちきれそうなスーパーの袋に目を遣った。
「 結構重いんだ。公哉が手伝ってくれたらもう一袋持ってこれるのにな 」
袋の中身は近くの川原からとってきた砂で、猫のトイレにするそうだ。僕は猫の為の手伝いなんかするのはお断りだ。
雅人は川の帰りに毎回立ち寄っては、僕の漫画コレクション『 ドラえもん 』の単行本を一冊ずつ読んでいて、今、三十巻目を消化したところだ。
「 ドラえもんは好きなのにな 」雅人はそう言いながら本を閉じると、一巻から綺麗に並べてある順番を乱さないようにきちんと本棚に戻した。
きっと猫型ロボットということで猫つながりだと言いたいんだろう。
「 本物の猫が嫌いなんだよ 」強い口調で言ってみた。
「 なんで? そう言えば理由を教えてよ聞いたことなかったな 」
折角だから僕のトラウマを話してやることにした。
あれは小学二年生の時、飼っていた手乗り文鳥を野良猫が殺してしまったからだ。雛の時から毎日世話をしてようやく懐いてくれたのに――
その猫はいつの間にか窓の外に潜んで機会を伺っていた。かごから出した文鳥が僕の手の上から窓の桟に飛び乗った時、上のひさしから飛び降りると前足で文鳥を引き寄せ口にくわえたのだ。
文鳥は何が起こったのか分からずにもがいている。踵を返した猫は屋根のへりまで行くと止まって振り返り、僕と目を合わせた。
その目は勝ち誇っても、申し訳ないという目でもなく、ただ僕を見据えた。どうにかしなくちゃと思っても、足の裏は床の畳にぺったりと貼りついて、僕は一歩も金縛りに遭ったようにそのまま動けなかった。
猫は僕が声さえもたてられないのを確認すると、背を丸めて塀の上の着地点を見定めると、しなやかにジャンプして姿を消した。途切れることなく聞こえていた文鳥の鳴き声が次第に遠ざかっていった。
僕の足の裏が畳からはがれて動いたのはほんの数十秒後。でも、取り返しのつかない時間が経ってからだった。
「 だから猫が嫌いなんだ 」
そう言って話を締め括った。
顔色一つ変えずに話を聞いていた雅人は相槌も打たなければ口も挟まずに話を聞き終えると「 そっか…… 」とだけ呟いた。
分かってくれたんだ。そう思った時、雅人は何か閃いたと言わんばかりに人差し指を立てた。
「 でもさ、恨むならその猫だけだよね? それで猫全部嫌うのって違うよね? 例えばさ、僕がその文鳥を殺しちゃったとしたら公哉は全ての人間を嫌いになるわけ? 」
豪快な例え、且つ正論――。でも負けるわけにはいかない。
「 なると思う 」平然と当たり前じゃん、という顔で言ってやった。
「 へー、そうなんだ 」まあどっちでもいいけど、という声のトーンで雅人はこの話題にけりをつけた。勝敗は引き分けらしい。
雅人はドラえもんの四十四巻目を読み終えた次の日、手ぶらでやって来てボソリと呟いた。
「 ルールが帰ってこない 」
ルールというのは雅人の猫の名前だ。昨日帰宅した時にはもう既に居なくなっていて今日になっても戻ってこないそうだ。
「 猫は死期が近づくとどこかへ姿を隠すんだって 」と、小六にはきつい俗説を親が言ったらしい。雅人は終始俯いていた。ずっと俯いたまま、畳の編み目に爪を立てていた。
「 探したの? 」
雅人は黙って頷いた。あごの先から落ちた汗が畳の編み目に吸い込まれていった。
「 一緒に探す? 」
「 いいの? 」
遠慮ではなく、半分あきらめているかのような力のない声だった。
僕らは先ず雅人の家の周辺から調べ始めた。隣家との境にあるブロック塀の隙間とか、公園の植え込みの中とか、川原の茂みとか。
交番にも行った。
貼り紙も作った。
捜索に七日かけた。
でも、見つからなかった。
「 もう歳だったしな…… 」
その言葉は諦めるという意味だった。
雅人は川原に石を積んで死体不在のお墓を作ると、目を閉じて手を合わせた。肩が小刻みに震えているように見えた。雅人のほっぺから、涙があごに向かっていくのが見えた。僕もそっと手を合わせた。
可愛がっていた文鳥が死んでしまった時と同じくらい雅人は悲しいんだって思ったら込み上げてきた。
合わせていた手を下ろして雅人が振り返った。あごの先で頑張っていた汗の粒が砂の上に落ちた。その瞬間、振り返った雅人と目が合った。
雅人は泣いていなかった。逆に僕が涙ぐんでいた。
負けたみたいで嫌だったから言ってやった。
「 それでも猫は嫌いだよ 」
「 分かってるよ 」
雅人はこれからドラえもんの四十五巻を読ませろと言って歩き出した。
エージロー
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